CROSS to YOU. » year » 10月

新生に密やかな祝福を

「10月31日って私にとって特別な日なの」
何の脈絡もなく君は時々言う。
なんで特別なのかはちゃんとわかってて、
でも僕はもちろん素直に答えたりしない。
「ハロウィンが好きなんだよね」。
そう言うと君はいつも同じ反応で。
一瞬パッと表情が明るくなるのに
すぐに少し不満げなふくれっ面になる。

その特別な10月31日が今年もまたやって来た。

「19時に行くから玄関開けといてね」
という君からのメールに素直にしたがって
僕はドアの鍵を開けておく。

19時丁度にやってきた君は
なぜかいつもよりずっと素敵に見えて。
「Trick or treat.」
滑らかな英語で僕に言う。

その意図を僕はちゃんと理解している。
君は別にお菓子がほしいわけじゃない。
もちろんいたずらしたいわけでもない。
『Trick or treat.』という言葉そのものが
君と僕にとってはいたずらみたいなやりとりで。

子ども心をなくしてほしくないという願いと、
ちゃんと愛していてほしいという祈り。
一言に込められた君の気持ちはわかっているから。

精一杯の笑顔で僕は君のことをギュッと抱きしめた。

――また来年も同じやりとりができますように。

心の中でそうつぶやいてから僕は言う。
「大好きだよ」
君の肩が少し震えているのがわかる。

――『trick』も『treat』も、両方を僕から君にあげるよ。

抱いた手をほどくとまた君の顔が見える。
少しだけ充血した目、そして去年と同じ満面の笑み。
ゆっくりと君は口を開く。
「また来年も同じやりとりができるといいね」

笑顔の君をもう一度抱き寄せる。

――君が生まれてきてくれたことが嬉しいから。

君がその華奢な身体を僕に預ける。
いつも恥ずかしくて言えない言葉、
今年こそ誕生日プレゼントにしようと思っていたけど
照れくさくて今日もまた心の奥にしまいこむ。

――ねぇ、10月31日は僕にとってもすごく特別な日だよ。

World With Words / Tomo