CROSS to YOU. » year » 7月

始まりの奇跡

 灰色の雲の狭間から、眩しい光が顔を覗かせる。
 鬱陶しい梅雨も、ようやく終わろうとしていた。
 カレンダーをめくると、そこはもう夏だった。
 ……揺らめき立つ陽炎。
 ……耳をつんざく蝉の声。
 私は、すぐ近くまで訪れた夏を幻視する。
 ――焼けついたアスファルトを、夏休みを迎えた子供たちが駆けて行く。
 ――長く伸びた影法師、蒼く広がる空と海、夜空を彩った鮮やかな花火。
 どこか、ワクワクする。
 なぜか、ドキドキする。
 雨上がりの空を見つめながら、私は奇妙な開放感を感じていた。
 抑圧された世界から、一気に羽ばたいて行けそうな、そんな予感。
 いつまでも終わらない、夏の魔術。
 いつまでも変わらない、夏の誘惑。
 それは、大人も子供も関係なく、誰の胸にも飛来するモノなのかもしれない。
 カレンダーをめくると、そこに夏が待っている。
 ……ああ、雨が上がる。
 ……ああ、季節が巡る。

 7月――
 旧暦で、文月。
 7という数字も、文という文字も、私には奇妙な縁を感じずにはいられない。
(……もうじき、1年になるんだ)
 ぼんやりと、思う。
 ちょうど、1年前の夏。
 仕事に追われ日常に埋没し、笑いながらもどこか疲弊していた、あの頃――
 それは、ただの偶然に違いない。
「――オマエ、夏はこっち帰ってくんの?」
「……んー、わかんない。帰れたら帰るよ」
 いつものように、くだらない会話の途中。
 まるで、突然思い出したかのように
「ところで、最近時間あんの? どうせ暇なんでしょ?」
「暇じゃねぇよ。ただし、時間っていうのは作るモノだ」
「ヨシ。なら、作れ!」
「……悪巧みか」
「うん、悪巧み」
 まるで悪戯っ子のような微笑。
「――面白い企画、考えているんだけど」
 見ている人が参加できる、そんな小説サイトを作りたい、と。
 ついては、最初のオープニングとして、まとまった数の原稿が必要になる。
「……どう、一緒にやらない?」
「面白そうじゃないか。やろう」
 期限までにちゃんと書けるかなぁ、とか面倒だなぁ、とか。
 不安だとか億劫だとか、少しも感じなかったワケじゃない。
 けれど――
「でも、最近全然原稿書いてなかったし」
「あー、書いてないねー。どれくらい?」
「んー……3年くらい新作書いてねぇや」
「このヤロー、書けっ書きやがれっコノ」
「はっはっはっ、私を誰だと思っている」
 自分の中で眠っていた想いが目を醒ます。
 ――ああ、原稿が書きたい。
 繰り返される毎日に、無意識に抑圧されていた。
 自らの理想と現実の狭間で、ゆっくりと疲弊していた。
 このままでは、知らず自分がもっとも嫌悪する人間になっていたかもしれない。
 それに、気づかされた。
 自分の中で眠っていた想いが目を醒ます。
 ――心の中の鬱陶しい梅雨が明ける。
 ――夏の到来に、私は胸を輝かせる。
 口許をニヤリと歪めると
「……書くからには、本気だぞ?」
 抑圧された世界から、心が一気に羽ばたいて行く。
 満たされる開放感。

 8月――
 9月――
 季節は夏から秋へと姿を変えていく。
 それぞれの人間の想いを、それぞれの人間がカタチへと変えていく。
 10月――
 11月――
 秋は深まり、凍てつく冬が近づいてくる。
 それぞれの作品に感嘆し、それぞれのカタチに心奪われ。
 1月――
 2月――
 新しい年を迎えても、情熱は薄れるコトはなく。
 恋人を待つように、新たな作品を心待ちにして。
 3月――
 4月――
 春は訪れ。
 5月――
 6月――
 季節は巡り。
 あの、眩しかった夏が甦る。
 ……揺らめき立つ陽炎。
 ……耳をつんざく蝉の声。
 私は、それを幻視する。

 7月――
 旧暦で、文月。
 7という数字も、文という文字も、私には奇妙な縁を感じずにはいられない。
 それは、これからもきっと変わるコトはないだろう。
 季節は巡り。
 唐突に。
 突然に。
 ……ゴールが、見えた。
 1年という月日が長かったのか短かったのか、それは私にはわからない。
 どこまでも終わらない、そんな夏休みを味わっていたようだった。
 いつまでも変わらない、そんな夏休みの夢を見たのかもしれない。
 けれど、物事に永遠はありえない。
 だけど、心の中の永遠は消えない。
 ――羽ばたいていく、心と身体。
 私の中に甦った情熱は、決して消えるコトはない。
 ……いつか、また。
 ……いつか、また。
 この場所で。

 ――『 CROSS to YOU.』

 キミに、出逢う。

 ……7月。
 始まりの奇跡。

えす・ますたべの城 / 高嶺俊