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5月

志穂とボクはいつも一緒
ボクはもうどこへも行かない
ずーっとずっと、志穂と一緒

「志穂ちゃんお誕生日おめでとう!」
今日は志穂の10回目の誕生日
5年前、ボクがこの家に来た日も、こんな風に志穂はみんなに囲まれていた
ボクを見た志穂は一瞬ビックリした顔をしたけど、すぐに笑顔になってボクを抱いてくれた
暖かくて、気持ちよかった

志穂はボクにラッキーという名をくれた
ボクはとっても幸せだった
志穂とボクはいつも一緒だった
ボクがこの家にきてから、志穂は一人で寝ることが出来るようになった
夜のトイレもボクが一緒に行ってあげた
どこへ行くのも、何をするのも一緒だった
「ラッキー!ずーっと一緒だからね。ずーっとずーっとだよ!」
「にゃ~ん(わかってるよ、ずっと一緒だよ。)」
ボクもそう答えた

でも別れは突然やってきた
「志穂の咳の原因…検査結果が出たわ。ラッキーの毛が原因って言われたのよ。」
「そうか…じゃあラッキーは手放すしかないな。」
夜中にパパとママが志穂の部屋にやってきた
いつもみたいに、志穂の寝顔を見にきたんじゃないと、すぐにわかった
パパとママはボクを捕まえて、狭い檻の中に入れた

「なんでこんな所に入れるの?出してよ。志穂と一緒にいたいよ。出して!お願い、パパ、ママ!!」

ボクは必死に抵抗したけど、そんな抵抗は無意味だった
すぐにパパの車に乗せられて、どこかに連れて行かれた
連れて行かれた先は、知らない家だった
「じゃあ、お願いします。」
パパはそう言って、ボクを檻ごと知らない人に手渡した
「待って!パパ!置いていかないで!!置いていかないでー・・・」

新しい家も、新しい飼い主もけして悪い人じゃなかった
ボクを可愛がってくれた
でもボクは志穂に会いたかった
きっと志穂はボクを探してる
ボクがいないと何にも出来ない、小さな志穂
ある日ボクは逃げ出した
志穂の所へ帰るために


それから2年、どこをどうやって彷徨ったかわからない
生きていくため、志穂の所へ帰るために、ボクは何でもやった
泥棒もケンカも何でもやった

そしてやっと、志穂のところへ帰ってきた
見覚えのある懐かしい街
いつも遊んだ公園
通るたびに吼える犬
何にも変わってなかった

この塀の向こうに志穂がいる
ボクの帰りを待っていてくれる
ボクはドキドキした

そっと門の所から中を覗く
ちっとも変わってない庭
ずっと夢にまで見た、ボクと志穂の庭

「お母さん!お母さんってば!」

志穂の声だ
聞き間違えるはずがない
いつもボクの名前を読んでくれた懐かしい声
ボクは駆け出した
「志穂!志穂!!ただいま!」

急に飛び出してきた薄汚いボクを見て
志穂は怪訝な顔をした
「にゃ~ん(志穂、ボクだよ。ラッキーだよ!)」
一瞬の沈黙
志穂のハッとする表情
「ラッキー?ラッキーなの…」
「にゃぁ~ん(そうだよ。ボクだよ!)」
志穂はボクを優しく抱き上げた
昔のように
懐かしくて、暖かくて、気持ちが良かった

「ラッキーごめんね。私、朝起きたらラッキーがいなくてわんわん泣いた。」
「パパとママにラッキーをどうしたのって問い詰めたわ。そしたら、ラッキーは遠くの人にあげてしまったって言われた。
私すぐにラッキーを迎えに行ったのよ。でもね、私が行ったときにはラッキーはもうそこにはいなかったの…」

「にゃ~ん(ボクも志穂を探してたんだよ。)」
「これからはずっと一緒だよ。もうラッキーをどこかへやったりしない。絶対に。」
「にゃぁ~ん(うん、ずっと一緒だよ。ずっとずーっとね。)」

桜が散って、5月の爽やかな風が吹く頃、ボクはまた志穂の家族になった

志穂とボクはいつも一緒
ボクはもうどこへも行かない
ずーっとずっと、志穂と一緒

Nessun Dorma / 翠