CROSS to YOU. » year » 4月

GLORY DAYS

雨が降っていた。
辺り一面には靄が漂い、幻想的な雰囲気を醸し出している。

彼女は全身で弓を引いていた。
凛とした眼差しは的にだけ注がれ、他のものを一切排除した危うげな表情が伺える。

空気を切る矢の音。
弦を離した右手はそのままの形状を保ち、その瞳には何の感情も読み取れない。

その眼差しを、その情景を。
未だに僕は忘れられないでいる。


教室での彼女はいつも笑ってた。
たくさんの友達に囲まれて、いつも穏やかに笑ってた。
だからみんな、其れが彼女だと信じて疑ってなかった。

或る日彼女は下校中運悪く、余所見運転の車に撥ねられた。
全身打撲、左脚骨折、そして右腕は複雑怪奇骨折。

たくさんの人が彼女の病室を訪れた。
たくさんの人が心の底から彼女を労わった。
其処でも彼女は笑っていた。
穏やかに笑みを浮かべて、見舞い客に労わりの言葉を吐いた。

あたしは大丈夫、直ぐ良くなるよ。
淋しいからたまには、ケーキ持ってお見舞いに来てよね。

そうして良く晴れた日の昼下がり。
彼女は病院の屋上から、弓を抱えて飛び降りた。

揃えた靴に、添えられた遺書。
たった一言だけ残された、彼女の本当の言葉。

誰も、彼女の本当の姿を、理解してる人は居なかった。
そして其れは、彼女自身が望んで創り上げてきたのだと、後日僕は知る事になる。

つつがなく執り行われた葬儀。
目を赤く腫らした両親や、泣き止まない友人達とは対照的に、遺影の彼女は笑っていた。
其れは本当に、痛ましい程の笑顔。

葬儀の後、僕は自宅のテーブルの上に彼女の名を見つけた。
前略で始まった其の手紙には、簡潔に、先日僕が送った手紙に対しての断りの内容が書かれていた。


あたしは誰かを信じたいと思ったことがありません。
だから誰かと一緒に居たいなんて事も思ったことがないのです。
ごめんなさい。


最後の最後で明かされた、彼女が隠していた彼女自身。
穏やかな笑顔は全てを排除しているのと同義で、誰に対しても優しく出来るのは全てを認めていないから。


弓が引けない此の世界に
何の未練も在りません。


彼女が残した最後の言葉は、周囲に対する最後の思い遣り。


今でも僕は4月になると、あの日見た風景を思い出す。
靄のかかった幻想的な世界。
全身で弓を引くたった一人の彼女。

あんなに惹かれてやまなかったのは
きっと彼女が
此の世界から剥離した唯一の存在だったから。

stushy / 藤生アキラ