CROSS to YOU. » year » 3月

March Reset

ゲームオーバー そして、リセットを繰り返す。

走っても走っても同じ場所で足踏みしている
苦痛をどうか知って欲しい。


私に届いた一通の手紙は、どこかにいってしまった彼から届いたものだった。

“僕はうまれてはじめて恋をした。
     そして、生まれてはじめて死ぬほど努力した”


私が彼に出会ったのは、大学の入学式だった。
桜の中で1人ひどくつかれきった顔をしていた。
周りはみなこれからの新しい生活をどうするかとか
何して遊ぶ?とか色めき立っているのに
もう既に十分だっていう顔をしていた。

私は、つかれきった顔をする彼に近づいて、桜綺麗だね。といった。
彼は私をちらりと見て
「六年ぶりだ」と呟いた。
へ?とマヌケ声を出す私に、疲れた顔を向けて「ずっと、海外にいたんだ」と付け加えた。
へぇそうなんだ。海外には桜はないんだとへぇ。と1人納得して頷いて
もういちど彼のほうを眺めたら、彼はあっさり私に踵を返していた。

もっと話してもいいのに…と私は名残惜しく

「ココー!」と私の名前を呼ぶ声が聞こえたので友達のところに走っていった。

そして、ぼんやりした大学生活が始まった。
授業を受けたり、バイトをしたり、友達とご飯を食べたり。
私は数多の学生と同じように目的もなく楽しむ事だけに集中して毎日を過ごしていた。

その日は、私は“キリスト教概要”というキリスト教なのにお経みたいな講義を受けていた。
入学式の桜は完全に散って、桜の変わりに明るい緑の若葉が春風にざわざわと揺れていた。

その強い風の中に私はまた彼を見つけた。
空を眺めているように見える。
遠くで彼の表情まではわからないけれども、
やっぱり、あの日と同じようにひどく疲れた顔をしているように思えて
景色とのコントラストがなんとなくおかしかった。
そして、私の中で小さなランプが点滅した。

講義の終了の合図が教室に鳴り響く。
私はもういちど窓の外を覗く。
彼はまだいる。
急いで学校を出て、向かいの公園に向かう。
横断歩道の点滅したランプが私をせかす。

公園に入ると私は何故か走っていた。
彼がベンチに座っているのがわかると、あゆみをゆるめ、呼吸を整えそーっと近づいた。

ここにすわっていい?
わたしは走りながら考えていたセリフをくちにする。
「他にもベンチがあるよ?」
少しひるんだけど今度は正直にいう。
「あなたとはなしたいの」
「ふーん。ぼくは話すことはないよ」
「じゃ、わたしのことを話す。何か質問があったら言って」
「君は変な人だね」と口の端で笑う。

私は、苦笑しながら自分の事を話した。
生まれたところは鎌倉で、お父さんの仕事でちょっとだけシンガポールにいたこととか
バイクのマフラーに足をくっつけて大やけどしてまだ跡が残ってることとか。

彼はやっぱりどうでもいいよという顔をしながらも
特に口を挟まずだまって聞いた。
何か質問どーぞという私に彼は、
「その先は?」と言う。
その先はこれから作るのと当たり前じゃんと思って答える。
「どんな風に?」
「うーん。あなたとこうやって話したり、大学を出てウエディングプランナーになったり、あ、でもこれは今の夢だからまだ先はちゃんと決まってないよ。あくまでも予定。もしかしたら、大学出てすぐ結婚しちゃったりしてるかもね」
「いいね。楽しそうだ。見てみたい」彼はやっと笑った。
「みればいいわ。友達になりましょう」
彼は、目をグルンとまして少し悩んでいる様子だった。
「あぁ。いいよ。僕の初めての友達だ」
「まさか」
「いや、初めての友達だよ」彼は、ベンチから立ち上がり大学の方にスタスタ歩いていってしまった。
本当に友達になったのだろう…

その後も、彼が公園のベンチに座っているのを見かけると私は一方的に友達という名前を振りかざして横に座って話をするようになった。
話をするようになったといっても私が一方的に話していることがほとんどだった。

彼の名前は、木下颯太という。
友達と言っても私は彼の事は何も知らない。
知ってるのは、名前ぐらい。住んでいることすら知らない。
しかし、彼のその廃頽的なムードは、日常に飽きていた私を虜にしていた。

秘密の匂いがちらつく彼が気になって、私は大学で彼を見かけると
そっと観察するのが癖になった。
ずっとずっと1人の人を目で追っかけていると
その理由がなんであったのかわからなくなった。
友達なのか?それとも気になるから?好きだから?

ある日、学食で友人の美佐とご飯を食べていると颯太が入り口から入ってくるのが見えた。
私は、颯太に手を振ってこっちに来るように促したが彼は一瞥しただけだった。
「誰?」
美佐が訝しげに言う。
「あれ。いっつも言ってた颯太くんだよ」
美佐は、ものすごい勢いで首を後ろにひねって颯太を確認する。
「なんか随分暗そう」と首を振りながら言う。
「思慮深そうって言ってもらえるかな」私は反論する。
「そうかなぁ。単なる根暗っぽいけど。それより、ココ、私がいい男を紹介してあげるよ」
「結構です。まだ、彼氏なんていらないもん」
「じゃ、あれは何なの?」美佐は、フォークで後ろにいる颯太を差して言う。
「単なる友達。今のところは」
「ふーん。まぁいいけどね」
美佐はあんまり納得いかない顔をした。


そうはいっても、颯太はいつまでたっても人になじむ様子は全然なくて挨拶すら、こっちがしないとしてくれなかった。

たまに、
「生まれたところはどこ?」とか
「どこにすんでるの?」とか聞いてみたりするんだけれども
「君はそんなことをきいてどうするの?」という。
私はそんなことをいわれてしまうと二の句が継げなくなって
ただ足元をぼんやり眺めるしかなかった。

あまりにも何も言わない彼に私は少しイライラした。
「ねぇなんで、何にも話してくれないの?」
私は詰め寄るようにきく。
「君は、僕の話を聞いてどうするの?」
「あなたのことを知りたいの?」
「どうして?」
「友達でしょ?」
「僕は、人と深く付き合うつもりはない。もうすぐ僕の中の時限爆弾が爆発する」
「なんのことをいってる?」
「いや。なんでもない」颯太は、私を煙に巻く。

夏休みになり、相変わらず颯太と私の関係は友達なのかどうかもよくわからない曖昧なところを浮遊していた。
「ねぇ。美佐。私、颯太とホントに友達なのかな?」
「なんで?」ストローを口にしたまんま目だけ見上げて聞く。
「颯太自分のこと何一つしゃべってくれないんだ」
「へぇ。変わってるね」
「変わってるどころの騒ぎじゃない。何一つよ。ひとっつも知らない。名前しか知らない。木下颯太っていう名前しか私は彼のこと知らない」
「随分執着してるね」
「友達だもん」
「ほんとにぃ?気になってるんじゃないの?」
「まぁ、あそこまで隠されれば気になるよ。それは事実」
「それだけぇ?」
「それだけ」
「好きなんじゃないの?颯太くんのこと」
「そんなことない。気になるだけ」
「いや、別にいいけどね。まぁ、自分のこといわないんだったらなんか理由があるんでしょ。好奇心だけだと嫌われるよ。ところで、ココと彼はどこで知り合ったの?」
私は、ちょっといいにくくて口篭っていると
「どこどこ?」と美佐は食いついてくる。
「ナンパした」
「はぁ?」
「入学式に桜が綺麗だったでしょ。でも彼はすごい疲れた顔をしていてなんだか気になったから声を掛けてみたの」
「それって、一目ぼれなんじゃないの?友達なんて口実でしょ」
私は、そういわれてしまうとそうなのかもと思って黙ってしまった。
美佐は続ける。
「もういいじゃん。そういう人は友達になれないんだよ。好きなら好きって言っちゃえば。そしたら、彼も自分のこと話してくれるかもよ」
私は、美佐のこういうシンプルなところが好きだ。私は、いつも考えすぎてまっすぐな紐も複雑に絡めてしまう。

とはいっても、私にそんな勇気を振り絞る根性はなくてやっぱり何の進展もせず秋になっていた。

颯太は、その日も枯葉が積もるベンチにひっそり座っていた。
わたしも講義を終えてそこの場所に行く。
すると、颯太が突然口にする。
「もう10月だね。そろそろ時限爆弾の導火線に火がついたかな」
私は、
「ねぇねぇ。時限爆弾ってなに?」
「うん。僕の中にある時限爆弾」
「それってなに?」
「うまく説明できないな。僕は木下颯太であって木下颯太じゃないんだ」
「なにそれ」といって私は笑ったが彼の目が真剣なので笑いを途中で飲み込んだ。
「相変わらず、自分のことは話してくれないね」
「うん。話してもすぐ僕はいなくなるから。どうでもいいことだよ」
「引っ越し?」
「うーん。引っ越しかな。けど、そのころ僕は、木下颯太じゃなくなる」
「よくわかんない」
「わかんなくていいよ」颯太は、寂しそうに微笑んだ。
「教えて!私、あなたの事知りたい。好きなの」
「僕のこと何も知らないのに?」
「知らないから、知りたいの」

颯太は、なにも返事をせずベンチをたって歩いていってしまった。
私は、呆然として彼の背中をみつづけた。

彼とは、ほとんど口を聞くことなく秋が過ぎてしまった。
学食で彼を見かけて手を振っても一瞥もされなくなり避けられていると思い公園にいくこともやめた。

そして、12月。
美佐と一緒に相変わらず学食で相変わらずのカレーを食べていた。
「そういえば、颯太とどうなった?最近話し聞かないけど」
「あってない」
「なんで?」
「告白したら、避けられるようになった」
「なんで?」
「知らないよ。私に聞かないで」
「振られちゃったか。じゃ、私がいい男を紹介してやるよ」
「しばらくいいー」
私は、フォークを顔の前で振る。

その日は、相変わらずお経みたいな“キリスト教概要”を受けていた。
ふと窓を覗いて公園を見ると公園からこちらを見ている颯太がいた。
気のせいかな?と思って机に目を落す。
もう一回気になって公園に見てみると
颯太がこっちをやはり見ていた。

私は、講義終了のベルと同時に教室を出て公園に走った。
ベンチに颯太が座っていた。
私は、息が切れるのを隠しもせず隣に座った。
「どうしたの?」
「うん」
「なんかよう?」すこしつっけんどうになってしまった。
「うん。謝りたくて」
「何を?」
「この間逃げてしまったことを…というか、僕が逃げ続けていることを」
「何から逃げてるの?」
「運命かな…」
「僕は、死神なんだ」
あまりにも素っ頓狂な話でからかわれているのかと思ったが、
颯太が、泣きそうな顔をしていたので話を全部聞くことにした。
「自殺しちゃう人ってさ、もう死ぬってことを決めた時点で心がどっかにいってしまうんだよ」
「あ、なんか聞いたことある。顔がのっぺらぼうだとかいうよね」
「そう。世界中には心がなくなってしまった身体だけの人が結構あるんだよ。僕らは、体の処理をするためにここにいるんだ。心がなくなった身体を処理するために。それで、僕は3月担当。木下颯太は、何でかしらないけど入学式の前に死ぬことを決めて心だけ逝ってしまったんだ。それで、僕が彼の中に入って死ぬという決められた期限まで過ごして身体を処理する」
「何の話?わかんない」
「うん。僕は、死神なんだ。3月担当。君が知っているのは、木下颯太じゃなくて死神の僕だ」
「なんでそんな風にからかうの?」
「本当のことだよ。僕は3月にいなくなる。木下颯太は死ぬ」

私は、頭がこんがらがって黙って座っていることが出来なくて颯太をおいて走って逃げた。
死神?
なにそれ?
騙されてる?

次の日、1日中私は颯太の言った言葉を考えた。
そして、考えて何も結論が出ないことに気づいた。
彼が、自分を死神と考えている以上私にはどうにも出来ないと…

それでも、頭を悩ませて1週間学校を休んでしまった。
美佐から心配した電話が入っていたけれども全て無視していた。
大学にいって、教室にはいると美佐が私のところに吹っ飛んできた。

「なに?あんた?どうしたの?」
「風邪ひいてた」
「大丈夫?」
「うん。もう落ち着いたから大丈夫」
「それならいいけど」
美佐は、なんか困ったことがあったらいいなさいよとお姉さんみたいなことを言って席に座った。
ぼんやり外を眺める。
颯太がベンチに座っているのが見えた。
彼に会いに行くべきかどうか迷ったけれども、私は彼に会いたくてしょうがなかった。
講義が終わり公園に向かう。

颯太と声をかける。
ゆっくり振り向く彼…いつものひどく疲れた顔が向けられる。
「もうこないかと思った」
「まぁ、話は信じてないよ」
「そうだと思ってる」と彼は頷いた。そして、一呼吸あけて颯太は続けた。
「僕が頭で作り上げた想像じゃないとはいいきれないし…」
「そうだといいな。とりあえずデートしない?」
「そうだね。僕は、もしかしたら3月にいなくなるかも知れないけれどもいいかな?」
私は、彼にキスをした。
彼の唇は、ぞっとするぐらい冷たかった。

それから、4ヶ月。私たちは、逢える時間をもてるときはずっと二人きりでいた。
美佐には、結局あんたたち付き合ったじゃないと笑われたけれども
私は、徐々に影を薄くしている颯太をみるにつけて彼がホントのことを言っていたんじゃないかと思うようになってきた。

3月になった。
平凡そうに見える毎日を私たちは送っていた。

颯太は、いつもなにか考え事をしていたけれども3月になると彼は人の話も上の空になるほど考え事にふけるようになった。

「なに考えてるの?」と私は聞いてみた。
「ココといつまでも一緒にいられる方法」颯太は簡単に答えた。
「ずっとここにいればいいでしょ?」私は、涙が出るのをこらえながら言う。
颯太は、うなずいた。
わたしは、離れないように手を必死に掴んだ。

そして、颯太はやっぱり姿を消した。

3月14日
ホワイトデーにデートをしようと約束をしていた日だった。
いつまでたっても彼は約束の場所には来なかった。
私は、なんとなく胸騒ぎがして彼の部屋に向かった。
彼の部屋は、人が住んでいる様子がなくひっそりと暗い沼のそこに沈んだようだった。

約束の期限が来たのだとわかった。
彼は、ここに残る方法を見つけることが出来なかったのだと。
彼は、死神に連れて行かれてしまった。
彼が、死神だったのかもしれないけれどもそれすらをも操る死神に連れて行かれてしまった。
私の好きだった木下颯太中にいた人は、私の目の前からいなくなった。
彼が言っていた言葉が本当だったら、きっと、世界中のどこかの心をなくしてしまった身体に入り込んで彼は生きている。

もしかしたら、また逢えるかもしれない。
私は、彼をわかるだろうか。


そして、私はとぼとぼと家に帰り郵便受けに入っている手紙を見つけた。

ぽわり / うり