五反田
この町の潔さはわたしには相応しくないと言ったのは誰だっただろう。
五反田の駅に着く前に、わたしは必ずドアの前に立つ。
だからといって五反田がわたしの帰る場所というわけではない。
わたしの部屋に着くまで、あと2つの駅を通り過ぎる必要がある。
五反田はわたしの帰りたい場所で、帰れない場所で、父と母と姉とあの子の住む街。
それを分かっているくせに、わたしの足は車内アナウンスに反応してしっかり動く。
隣の家幼なじみのあの子は、去年の冬に結婚したらしい。
相手はどこかのエリートで、同じ街に新居を構えたとか。
清楚で柔らかく笑える彼女には、相応しい人生ルートだと思った。
わたしといえば、足を痛めて履いている高いハイヒール、
わたしの趣味に合わない服、肌を痛める派手な化粧。
奥さんのいる彼氏とはさっき別れたばかりだ。
だけど食べていくにはこの恰好を続けなければいけないし、笑い続けなければならない。
目が腫れるといけないから、泣くことを堪えているうちに泣くことを忘れてしまったような気がする。
彼女はあの細い腕に抱え切れないほどの幸せを得ただろう。
優しい両親、理想の夫との温かい家庭。
わたしが得たものは目を大きく見せるアイメイクと気に入られるための話術、
傷つかないためのひそかな逃げ方。
ドアの前に立ったまま、わたしはいつも足を踏み出さない。
いつも閉まるのを待つだけだ。