大久保さん

ふと、空を見上げると大久保さんがいた。
大久保さんは、空を飛んでいる。
たまに目が合うと、丁寧に会釈をしてくれるので、僕は思わず、会釈を返す。
これは日本人の悪いくせだ。僕は大久保さんの術中にはまっている。
話したこともないのに、僕は大久保さんのことを、もっと知りたくなっていた。

1日目
大久保さんはスーツで飛んでいる。

2日目
大久保さんは携帯電話で話しながら飛んでいる。受話器に向かって、おじぎをしている。
ミスでもしたのだろうか。
僕は心配になって、大久保さんを呼びかけてみた。
「おおくぼさーん」
一瞬、目が合ったが、今日は会釈をしてくれなかった。
嫌われちゃったのかな・・・。

3日目
大久保さんにとって、僕は必要な存在なのか、考えてみた。
僕からすれば、大久保さんは唯一無二の大久保さんだけど、大久保さんからすれば、僕は、ただの、通行人に過ぎない。
そんなことを考えると、悲しくなった。

4日目
大久保さんが、通行人めがけて靴を飛ばしている。
その、つまさきが恐ろしくとがった靴は、通行人の脳天めがけ、ものすごいスピードで飛んでいく。
そして、突き刺さる。
僕は、怖くなって、走り出した。

5日目
大久保さん・・・。大久保さん・・・。

6日目
寝ても覚めても大久保さんのことばかり考えている。
どんな声をしてるのか、とか、好きな食べ物はなんだろう、とか、
そんなことばかり考えている。

7日目
今日は会えなかった。

8日目
大久保さんと目が合うだけで、胸が高鳴る。しまった、恋に落ちた。

9日目
大久保さんが変わり果てている。髪が伸び、あごひげをたくわえ、
Tシャツにジーパン、スニーカーという、あまりにも変わり果てた姿。
憂いを抱いたその視線だけは変わらない。
大久保さんに何があったのか、気になる。
出来ることなら、僕が力になってあげたい。
他の誰にも渡したくない、大久保さん・・・、大久保さん・・・。

10日目
大久保さんは別人になっていた。性別まで違って見える。
僕は思った。
新大久保だ、と。

アポロ11トン / ヴェカンヴェ