神様のいない日

どこかに逃げたかった。
それだけだった。
ここからどこかに行きたかった。

──ココじゃない場所へ。
──家の見えない場所へ。

家族が寝静まった真夜中、僕は逃亡した。
こっそりと、誰にも気付かれないように。
家を出てからも慎重に隠れながら歩いた。
補導されないように、誰にも見つからないように。

夜空に浮かぶ月だけが僕を見ていた。
ありのままの僕を煌々と照らし出していた。

持ってきたものはパパの定期ぐらい。
お金も行くあてもない僕は、山手線の中で過ごす事にした。
東京をぐるりと取り囲むように回る山手線は、何周乗ってても金額は変わらない。
入れ替え制じゃない映画館と同じで、電車が終わるまで乗り続ける事が出来る。

仕事帰りのパパに見つかったのは西日暮里での出来事だった。

パパは僕を連れてホームに降りると、駅から出てどんどん進んでいく。
僕は繋がれた手を振り払うことも出来ず、黙ってパパについていく。

パパは並ぶ駄菓子屋さんの中に入ると、ラムネを2本買った。
近くの公園に入り、ベンチに座り、僕に1本手渡す。

「どうかしたのか?」
そう、パパが聞いた。
「家に、帰りたくないんだ」
僕はそう答えた。



──流れる沈黙。



「ママと、何かあったのか」
パパはやっぱりパパで、僕はどうしようもないほど子供だった。

「ごめんなさい・・ごめんなさいごめんなさい」
堰を切ったように涙が溢れて止まらなかった。
膝が、腕が、体中がガクガク震えて止まらなかった。

僕は、いらないコだ。
僕は、汚いコだ。

──だから、ママは何も悪くないんだ。

「怒らないから言ってごらん」
パパの声は優しかった。
「怒らないから、言ってごらん」
ゆっくりと、かみ締めるようにパパは繰り返す。


──僕は。


パパが会社に行った後、ママは僕を見てくれない。
僕がいらないコだから。
僕が汚いコだから。

パパが帰ってくると、途端に僕の居場所が出来る。
パパのためにだけ存在する僕。
ママがパパに愛される為だけに存在する僕。

それ以外で僕は、ママにとっていらないコでしかないんだ。

そんな事、言えなかった。
だってそれを言うと、ママが──。

でも、パパの瞳は優しかった。
ゆっくりとラムネを飲み干すと、パパはもう一度ゆっくり言った。

「怒らないから」

泣きながら全部話した僕を、パパはびっくりするような目で見た。
「帰ってママと話そう」

家に帰るとママが泣きはらした目で待っていた。
パパは僕を部屋に追いやると、ママと話を始めたらしい。

気になって、恐くて、コッソリと覗いてみた。

「アイツ、被害妄想が激しいのかな」
「どこかおかしいの。やっぱりそうなのかしら」
「オマエが虐待してる、みたいな事を言ってたぞ」
「そんな事するわけないじゃない!」

泣き崩れる、ママ。
なぐさめる、パパ。

──オカシイのは、僕?

ドアの隙間から覗いてた僕と、ママの視線が交差した。
パパに抱きつきながら、ニヤリと目を細めたママの顔。

瞬間、僕は全てを理解した。

stushy / 藤生アキラ