深淵に臨むが如く、薄氷を踏むが如し

「ねえ、昔アイスホッケーやってたんでしょー?」
「んー、ああ」

料理に集中していたボクは、台所から生返事をする。

「これ解説してー」

彼女はアイスホッケーのビデオを見ていた。
それは、ボクがスケートリンクに乗った最後の記憶、
大学4年生、秋の大会の映像だった。

「い・や・だ」
「ケチー、あっ!今の反則じゃないの!?」

画面の中では、同級生の菊リンが敵にぶっとばされている。

「ぜんぜん。今のは正当なプレーです」
「アイスホッケーって…なんでもアリなの?」
「んー(説明めんどいな)自分がやられて嫌なことは反則、かな」
「ふーん」

彼女は納得いかない様子だったけど、
どんな時も、人生だって恋愛だって
自分がやられて嫌なことは、いつだって反則だろ?

倒れた菊リンはめげない。素早く立ち上がって走り出す。

「あたしさぁ」
「んー?」

彼女は白熱する試合から目を離さず、ボンヤリと話し始める。
ボクはボクで、料理から目を離さず、また生返事をする。

「好きな人ができちゃった」
「へー…えっ?熱っ」

熱したフライパンに触ってしまった。

ボクの動揺を見て取った彼女が、台所へパタパタと歩いてくる。
彼女の顔には無邪気な笑みが浮かんでいる。
まったく、この人は、ボクを困らせて何が楽しいんだろう。
良い趣味してるよ…ほんと。

菊リンはゴール前で、大声を張り上げて味方を呼んでいる。

「先代の彼氏と、またヨリが戻ってねっ」

ニコニコと報告する彼女。

「あたし達の恋愛って、下手なアイスホッケーみたいだね」

どどど、どのへんが?
当たって砕けろ風なところが?喧嘩っぱやいところが?
或いは1人の彼氏がすぐに別の彼氏と交代するところが?
それともそれとも…それら全部を口に出さずに飲み干す。

「ほーら、そうやって、君は、また何も言わない。
 今のあたし達じゃあ、きっとパスも通らないってこと!」

そうつぶやいた途端、ボトッと大粒の涙を流した彼女にボクは

「じゃ、じゃあさ、最後に一発、
 愛欲のスラップショットでも、ぶち込んどく?」

笑顔で親指を立てながらそう言ってみた時に
自分がアイスホッケーが上達しなかった理由を悟った。

画面の中では、菊リンがまた敵にぶっとばされている。
それでも菊リンは、再び立ち上がって走り出す。

aoba