でめきんの憂鬱

こんにちわ。
はじめましてかしら?

あたしは黒いでめきんの女の子で、名前はキャサリン。
背びれが優雅できれいなのがちょっとした自慢なの。

なのに、あたしのご主人様はとっても普通。
特徴といえば根暗だけど、外見は詳細はノーコメントにしたい部類で、きれいにおしゃれしても普通に見えることかしら。一番の話し相手やお友達はもっぱらあたしで、あまり合コンとかには誘われないみたい。
電車通勤してるんだけど、朝はぎりぎりまで寝てるわ。化粧することなんて年に数回あるかないか。
まぁ、しても全然変わんないんだけどね。

夜になるとあたしの住んでる金魚鉢の前に座って、ぶつぶつと独り言のように愚痴を言ってから、気が済んだら少し部屋の片づけをして、別の部屋に入っていって遅くまでテレビゲームしながらクスクス笑ったり独り言いったりして、3時くらいに寝る生活。

ほんとに色気とは無縁で、毎日毎日それの繰り返し。
部屋は白と黒のモノトーン調の無機質な感じで生活感はほとんどないわ。

以前にも近所のゲームやさんで知り合った男の人にだまされてね・・・結構貢いでたんだけど。
時計やらネクタイやらいろいろ買ってあげてたし、手作りでいろいろとプレゼントもしてたし。

でも結局、だんだん連絡取れなくなって自然消滅。
何がいけないのかは私がわかるものではないけど・・・。

それでも、私の住んでる金魚鉢は結構広くてかわいいし、お気に入りだけどね。




あら、うわさをすれば影。
彼女がお仕事から帰ってきたわ・・・。


今日もずいぶんとあかぬけない顔してるけど、機嫌はよさそうだわ。

機嫌の悪い日はひたすら愚痴を言いつづけてそのまま寝ちゃうから、あたしも暇そうに見えてこれでも結構大変なのよ。

そんな感じであたしはあたしで憂鬱なわけ。




「キャサリ~~~~~~~~~~~ン」

ドアを開けるなり、彼女はコートも脱がずに金魚鉢にとてとてと駆け寄ってきた。

何かしら?すごくうれしそうだわ。

「ねえねえ、ちょっときいて!わたし、帰りの電車で話し掛けられた人と意気投合しちゃって、付き合うことになっちゃった~~~」

え?!

えええええええええええっ?!?!

なっちゃった~♪って、また今までにないパターンですこと・・・

「結構いい感じの人でさぁ・・・」

彼女は金魚鉢の斜め上の壁をぼんやりと眺めながら、恍惚とした表情を浮かべ話しつづけた。

どう思うって聞かれても、みたことないもの。わからないわよ。

「でしょー?あたしもそう思うのよー。こんな劇的な出会いってめったにないよね。あたしって結構かわいいのかもしれない。」

うーん・・・その点はかなり腑に落ちないけど・・・

劇的な出会いって、普通に電車で話しただけでしょ。
どう盛り上がってどうしたらつきあうことになるんだろう・・・

興奮さめやらない様子だった彼女もちょっと落ち着いてきて、肩にかかっていたかばんを下ろしコートを脱いだ。

おもむろに鏡を取り出して、顔の向きを変えては鏡に向かって微笑んでみている。

「右からのほうがかわいいのかな。」

そんな問題じゃない気がするけど。

「会社でもさ、男の人とそんなに縁がないからびっくりしたんだけどね。」

だろうね・・・

「でさ、今度御飯食べに行く約束になってて、明日携帯に電話してって言われてるから、ちょっとどきどき。」

そう言うとおもむろに彼女は立ち上がり、隣の部屋のクローゼットのほうへ行ってしまった。

とゆか・・・

ほんとにつきあうことになってるんだろうか・・なんか不安。この人の勘違いってことじゃなければいいけど。

出目金が不安に胸を膨らませながら一生懸命考えている頃

彼女はすっかり部屋着に着替えをすませ、カップラーメンをズルズルさせながら、テレビを見ていた。



話はとうに終わっていた。



「あーはやくお弁当とか作って、遊園地とか行きたいなぁ・・・」





まぁ、そんな感じで彼氏(?)ができて、しばらくはうまいこと付き合ってるわよ。

ここだけの話、この彼氏ってのが結構な浮気者っぽいけど。

こないだの夜中、彼女が眠ったころにそっと起きだしてきてさ。あたしもうとうとしてたくらいだったから2時ころかしらね。台所のほうでこそこそと電話してるから聞き耳立ててみたのよ。

そしたら、別の女に電話してたね、あれは。
電話がつながらないけどどうしたの?って聞かれてるみたいで、電池切れちゃったとかイベントで充電できなかったとか(イベントって何?って感じだけどー。)。しまいにはあまり電話好きじゃないとか言い出してたし。

それで終わるかなーって思ったら、今度はまた別の女に電話。
知り合ったばっかりみたいで、食事誘ったりしてたわ。お忙しいことです。電話嫌いじゃなかったの?っておもった。

これって浮気ってゆうか、なんとゆうか。

こんな話仮にも彼女のうちの台所でする話じゃないと思うんだけど・・・。






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それから2ヶ月ほど過ぎたある日。

「ふざけんじゃないわよ!」

キャサリンがうとうとと昼寝をしている日曜日の午後に彼女の怒鳴り声が部屋中に響いた。

その怒鳴り声にびっくりして目を覚ましたキャサリンはおもわず目を疑った。

そこは地獄の業火が燃え上がる修羅場と化していたのだ。

彼女は例の腰の定まらない彼氏の後をつけ、浮気発覚に至ったようだ。



しこたま言い争いをして

彼女は気がすまないのか、そこらじゅうの物をつかんで男に向かって投げ始めた。

一方、原因を作った男といえば、座り込んでタバコを吹かしてそっぽを向いている。

その様子にヒートアップした彼女は

「じゃあ別れてあげるから、今まであげたものとか出してあげたご飯代とかを全部返して」

「はぁ?何ゆってんのお前」

「返してってば」

「じゃあお前もガソリン代とか全部返せよ」

「そっちの浮気でしょ?なんであたしが返さないといけないのよ」

「してねぇっつってんだろうが!」

日曜日の昼間から何してるかと思えば。

最後はお金のせびりあいなの?

シュールねぇ・・・




しばらくして

不毛な押し問答に嫌気がさしたのか

彼は黙って立ち上がり、ドアの方にいくと出ていこうとした。

「はなししてるのにどこいくのよ」

彼の袖に彼女はおいすがった。

「もういいかげんにしてくれ」

「いかないでよ」

「・・・」

彼女は目に涙をためていた。

「なんか言ってよ」

「・・・・・。二度と顔も見たくない」

腕を振り払い、そのままきびすを返すと、同時にそのコートの裾が金魚鉢の頭をかすめた

金魚鉢は不安定に大きく揺れるとそのまま床にガチャーンと水しぶきを上げておち、粉々にわれた。

それには目もくれずに彼は出ていった。

ドアの閉まる大きな音が部屋中にドーンと響いた。

「本当のこと話してほしかっただけなのにどうしてこんなんになっちゃったんだろう・・・」

その場にヘタヘタと座りこみ、彼女は肩を大きく揺らして泣きはじめた。





黒い出目金はピチピチと背びれを揺らし苦しそうに床の上で跳ねてみては彼女に助けを求めたが

膝を抱えて泣きじゃくる彼女は一向に気がつく様子もない




タスケテータスケテー



シンジャウー



クルシイヨー





だんだんと出目金の身体は乾き、くるしそうにエラをパクパクさせた

出目金はおもった。



死んじゃうのかぁこんなことだったらお隣のネコが来たときにイヤイヤして暴れ回るんじゃなくて挨拶のひとつもそれっぽくしてみるんだったわ。でもネあれはしょうがないのよ。だってあのネコ、わたしがあんまりにも綺麗だからといってじーっと舌なめずりしながら眺めたり、金魚鉢に手を突っ込んでグルグルかき回したりしてあたしにしてみたらとーーーーーーーってもめいわくだったんだもの、やだー!そんなことより金魚鉢の底に今朝もらった大き目の餌をとっといたんだったわ。きゃーこんなことになるんだったら思い切って全部たべとけばよかった・・・。朝早かったし、後で昼過ぎにブランチにとおもっただけなのにぃ。それからそれから・・・



「あっ?!キャサリ・・・」

なんと。

彼女がふと顔をあげ、出目金の側にかけよってきた。

両手であわてて出目金をすくいあげると、風呂場の洗面器の中に水をいれ、急いでそのなかに。

「だいじょぶ?!ごめんねごめんね・・・」

神様っているのかしら・・・どうせ行くなら天国もあったかくて綺麗な金魚鉢が・・・って、あれ?

きがついてくれたのね・・・ほ。

彼女は不細工な顔をくしゃくしゃにするとまた座りこんで泣き出してしまったようだ。

ふぅ・・・






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こんにちわ。
おひさしぶりね。

あたしは黒いでめきんの女の子で、名前はキャサリン。
右脇あたりに少し虹色に光る鱗があるってことが、最近の自慢なの。

あなたにはどこまではなしたっけ。
あーはいはい、こないだね。とはいえ何ヶ月も前だけど。

彼女はあれから数時間泣き続けて、夜にはエビフライを山ほどつくってずっと愚痴を言い続けながら食べまくってたわ。

最近は怪しい宗教みたいのにはまってるらしくて、貯金を随分と寄付したみたいよ。

そう。あいかわらずなの。

止めたんだけど、誰のゆうことにも耳を貸さなくって、自分がこうだと思ったらそれしかできなくて・・・

何度でも同じことをしている彼女は愚かね。

でも生きてる限りはどうあってもいきなくちゃならないのよ。

騙されようと、一生治らない病気をしようと、部屋から出られないくらいぶくぶくに太ってしまったとしても。

あたしは毎日楽しいわよ。

おなかがすかない程度に餌がもらえて、壊れた金魚鉢の代わりに新しいのもかってもらったし。




「ねぇねぇ、キャサリン」


生きるってのと


「この前寄付した幸せの村ってゆうとこなんだけど、なんか口ばっかりでさぁ」


生きてるってのは


「やめようと思うんだ。他にねいいのを見つけたし。」


だいぶ違うんじゃないかなぁ


「入るからには幸せにしてもらえなきゃ意味ないもんね」


姿勢がね・・・





「ねぇどう思う?」

~ A frame ~ / みぅ