水面和音

うろこ雲 夕焼けに染まっていく。

土手の道 風がススキを揺らしてく。





僕達は一番星を示すように 釣竿を立てた。


「行こうぜ」


勢い良く自転車のペダルを漕ぎ始める。

今日も狙う獲物はライギョだ。

いつもの3人で未だに釣果をあげてないのは

僕だけ。

今日こそは と気合も入ってる。





風が少し強くなって 蒼が夕焼けを覆っていく。

川沿いの土手の道を自転車3台が滑りぬけた。

1つ目の水門を通り過ぎた。


「あれ?今日は水門じゃないの?」

「今日は1つ下の水門なんだ」

「最近は向こうの方が良く釣れるんだよ!」


叫ぶような自転車上の会話をしながら

自転車は更に下流の水門へと向かっていく。

空には2番星と3番星。


橋を2つ超え 目的地である水門が見えた。

自転車を脇に止め 仕掛けの確認をする。

僕は今日のために いつも使っているものよりも

3倍の値段のするルアーをセットした。

お小遣いを前借りしてまで手に入れたものだから

きっと今日はライギョを釣り上げられると信じている。





上流の水門が上がっているため水位は低く

天候は晴れて月明かりが照っている。

絶好のコンディション。

願いを込めて新品のルアーを投じる。

月明かりの水面に波紋が広がる。

ハザードに引っ掛けないように慎重に手繰り寄せる。










「バシャ!」










静かな水門に水音が響いた。

目を凝らすと新品のルアーの後ろに大きな魚影が

ゆったりと浮かび上がった。

僕は生唾を飲み込んだ。

竿を持つ手が微かに震えている。

ゆっくりとリールを回す。





ゆっくりと。





ふっと大きな魚影は踵を返して水中へと消えた。


落ち着いてルアーを巻き取っていたと思っていたが

知らず知らずのうちに急いでいたのかも知れない。

ルアーを引き上げ再度放る。

また水面に波紋が広がった。





しかしその後何度となく水面に波紋を広げたものの

最初に現れて以来 魚影は見えなかった。





3人とも釣果もないまま時間だけが過ぎた。





最後の1投として今までで一番遠くへとルアーを放る。


呪いにも似た祈りをかけながら

少し傷ついたルアーをゆっくりと手繰り寄せる。




「ピシャ」




小さな水音。

期待に胸が膨らんだ。




「ピシャ ピシャン」




続く水音に震えるほど興奮していた。

良く見るとルアーの周りに波紋が沢山出ている。

最初の1投のように焦ってしまわないように

慎重に そして集中してリールを回す。

絶対にこのチャンスは逃さない!

そう決めていた。





「おい!帰るぞ!」




ふいに言われたその言葉の意味が

僕には妬みにしか聞こえなかった。

釣果が無かったから僕が釣り上げるのが悔しいんだ。

でも僕はまだライギョを釣り上げたことがない。

このチャンスだけは絶対に邪魔されたくない!





「もうすぐ食い付くから待ってくれ!」





そう小声だけど力強く僕は言った。

そしてルアーの周りを囲む波紋に集中した。

その波紋の数もさっきより増えている。

これは確実に釣果を上げられる!

僕は静かに闘志を燃やした。




「おい!」




そう言われながら掴まれた肩を

僕は思い切り振りほどいた。




「おい!雨だって!」




その言葉の意味を頭が理解するより早く

僕の耳は別の音を聞いていた。



「マァゥ マァゥ」



僕はその音と共に

やっとルアーの周りの波紋が雨によるものだと知った。





僕達は 釣果が無かったことを悔しがりながら

奇妙な泣き声の大合唱の中を家へと急いだ。





「マァゥ マァゥ」





その泣き声は雨の中でも低く良く響いた。

POSITISM / しのめん