糞くらえ

目覚ましのけたたましい音で、目が覚めた。
いつもと変わらない月曜日。

西八王子に引っ越してきて、6年が経とうとしている。


「三樹マネージャー、今度うちの店が関西に出店することになったのは
 君も知ってると思うが、どうだね?行ってみる気はないかい?」

昨日、食堂で昼飯を食っていると、店長が話しかけてきた。

俺はこいつが大嫌いだ。
自分の都合が悪くなると、すぐに副店長に押し付け。
ちょっとでも気に入らないことがあれば、俺たちに八つ当たりをする。
今回の関西行きの話だって、俺のことが気に入らないから選んだのだろう。
今までそうやって他の店に飛ばされた奴を、俺は何人も知っている。

「わかりました。明日までに考えておきます。」

そうは答えたものの、すでに断るつもりの自分がそこにいた。

この話を断れば、俺はもう出世はしないだろう。
むしろ、仕事を辞めなければいけないかもしれない。
俺が断ることを見越して、あいつはこの話を持ってきたのかもしれない。
それでも、あの糞店長とおさらばできるのであれば、
この際辞めてもいいと思った。

「あんなに傍若無人で、よく店長が務まるな。」
昔口に出したときに、誰かが言っていた。
「あいつは社長の姪っ子と結婚したんだよ。だから店長にもなれたんだ。
そうでなけりゃ、あんなのが店長なんて、なれるわけない。」
「この会社は、上のほうは親族だらけだしな。」

あの店長も、こんな会社も、もううんざりだ。

辞めよう。

辞めてしまおう。

きっと誰も引き止める奴はいない。
今までに辞めた奴のことも、誰も引きとめはしなかった。
逆に、辞める口実が出来たことを、羨ましいとさえ思っていた。

そして今度は俺の番だ。

辞表は、実はもうだいぶ前から用意してあった。
机の引き出しから、ちょっと皺になった辞表を出し、
店長の目の前に突きつけるところを想像してみた。

ただ突き出すだけでは面白くない…。
こう言ってやろう

「あんたも会社も、糞くらえだ!」

奴の驚く顔が目に見えるようだ。
きっと顔を真っ赤にして怒鳴りちらすだろう。

さあ、そろそろ家を出る時間だ。

今日も俺は、7時1分西八王子発の電車に乗る。

いつもは重い革靴が、今日は羽のように軽かった。

Nessun Dorma / 翠