春嵐

立川駅に着いた時、
私はなかなか目印の白いエスティマを探すことが出来なかった。
ひょろひょろしたセイが車から降りて、
私を捜してくれていて、私はようやくセイを見つけた。
嬉しくて、走っていった。車に乗り込んだ。
窓を開けて、暑いね、なんて会話をした。

セイは半袖の白いTシャツを着て、帽子を被ってた。
清潔そうで、すごく似合ってた。言わなかったけど。
違う人みたいで、少し緊張した。

運転をしている男の人の手。大きくて、骨っぽい手。
私とは違うんだなぁ、って見ていた。
何を話したっけ。どこに行こうか、なんて事だろうな。
私はセイと一緒に居られればそれでよかったから、
別に行きたい所もなくて、
国営昭和記念公園の周りを一周して、あがっていた気球に驚いたり、
昔野外コンサートでここに来た事があるよ、なんて話をしながら
コンビニに寄って、最終的にゴルフ場の駐車場に止めて、何をする訳でもなく
二人で喋っていた。

私は一所にじっとしていられない人で、車の中を探検し始めた。
助手席を倒して、セイが後ろのシートを倒してみせてくれて、
家に車がないから、車が珍しかったんだ。ただ単に。
そしたら、そのうち「俺寝る」ってセイが言い出して。
後ろのシートにひょろひょろの長い体を投げ出した。
私は、助手席で座って困ってしまった。
一緒に側に居たいんだけどな。
側に行って、一緒に寝っ転がりたいんだけどな。
女の子からそれをしたら、ちょっと大胆すぎるよね。
後ろのシートに移って、私は隅っこに座り込んだ。

でも、その内セイの隣に寝てみた。
ごろん、って二人で寝っ転がってみた。
何を話したかな。覚えてないね。
ちょっと寝てたら、「襲うぞ」みたいに抱き締められて、
キスをされたような気がする。
私は別にそれで良かったよ。だからあんまり抵抗しなかった。
そうしたらセイも笑ってどんどん脱がしにかかるから、
そこでちょこっと抵抗してみた。
笑いながら。やめなさい、って。
そうやっていちゃいちゃするのが好きだったから。

それを繰り返している内に、
セイがフラリと、一人で運転席に戻った。
私は後部座席に置いてけぼり。何で?って思った。
「俺もオトコなんだよ」ってセイが呟いた。
私は、後ろから座席ごと、セイに抱きついた。
開けた窓から、風が入ってきた。
セイが汗をかいていた。男の人の汗のにおい。
私は人の体臭なんて大ッキライだったけど、
セイのにおいは嫌じゃなかったな。
ぎゅぅって、首に抱きついてた。
「別に構わないよ」って
やっぱりオンナから言ったら軽かったかな。
だから、失望されちゃったのかな。
だけど、本当にいいと思ったんだよ。

痛くてね、「痛い、やめて」って言っちゃってごめんね。
貴方は多分、それすっごく傷ついたよね。
ごめんね、我慢すれば良かった。

ほらね、一年近く経ったって、私はこんなに覚えてる。
セイの顔、セイの体、セイの体臭、セイ、セイ、セイ。
忘れたいのに、溢れてるよ。
貴方にあげた心の一部が、ちぎれて痛くて泣いてるよ。
セイ、セイ、セイ、セイ、セイ、セイ。
いくら呼んでも、届かない。

さっき、貴方の本名を検索かけてみた。
引っ掛かる訳もないのにね。
何処かに貴方が居ないかと、
私の記憶以外に貴方の存在を見つけられないかって。
虚しいことをしてみたよ。
虚しくて、情けなかったよ。
会おうと思えば会える場所にいるのがいけない。
何処かで繋がってるからいけない。
いいえ、違うね。
私が覚えているからいけない。
貴方を愛していたことを。

今日は、風が強いね。
こんな天気の所為にして、心の乱れを誤魔化してしまおう。
まだまだ思い出にするまで、準備が足りないから。
今日だけは、貴方のこと思い出してもいいよね。
まだまだ、君のことを、沢山書きたい気分なんだ。

私はね、セイという人が好きだった。
過去形じゃないかもしれない。
今でも好きかもね。
認めるのが怖いから、仮定として私は言う。

君は私が愛するに値しない人間だった。
私を捨てたから。
私を傷つけたから。
でも、それでも余りある位、私は君を愛していた。
少しの間に感じた、
君の仕草。
体温。
臭い。
考え方。
躰。
私は、その全てを受け入れるつもりでいた。
君は、
「俺は堅いから、結婚とか、先のことまで考えちゃうよ?」
って言ってたじゃない。
私も、君との家庭を築くつもりでいたよ。
幸せだと想像していた。

それが、こうなっちゃうなんて、
本当に人の気持ちなんて当てにならない。
どんな言葉を吐かれても、私は信用しちゃいけなかった?
あれは駆け引きだった?
それとも、あの時は本当だったから、本心から言ったんだって君は思ってる?
だけど、心が変わったんだって。
仕方ないことだって、思ってる?
君自身はそれで割り切れるかもしれないけど、私は割り切れないよ。
そんなに上手に生きてない。

私のこと、何だと思ってるの。
恋愛慣れしてると思ってるの。
遊ぶにはちょうどいいと思ったの。
全然違う。そう見えたなら、悔しいよ。
私はいつも、好きになったら命がけで恋してた。
ほんとうに、ほんとうに貴方を愛していたんだよ。
だから、ほら。
こんなにまだ傷ついてる。

ねぇ、誰か教えてください。
まだ愛している人と、どうやって離れればいいの。
どうやって、心を切り離せばいいの。
自分を殺すほかに。

ねぇ、誰か教えてください。
酷い人だと思っても。
まだ愛している私は、この想いを抱えて生きていけるの。
もう疲れたのですけれど。
もうくたびれたのですけれど。
休んではいけませんか、永遠に。

神様はいない。だって、私からセイを奪った。
私がいつ、悪い子でしたか。
私がいつ、貴方の気に入らないことをしたんですか。
答えはいつだって返ってこない。
だから、神様なんて居ない。
セイは。
セイの意志で私の側から離れたんだ。
知っています。判っているんだ。
だけど、理解なんかしたくない。
そんな、物わかりのいいオンナになんかなりたくない。
私は、今でも君を取り戻したい。
そのために命を投げてもいい。

でも、ストーカーと言われて
君の心がもっと遠ざかってしまうのを考えて。
私は膝を抱えて、何も出来なくなる。
セイの中では。
私との関係はもう終わってるんだ。
今更私が何を叫んでも、もうセイには聞こえやしない。
うるさい、と思われてしまうだけ。

ねぇ、誰か。
今よりも、その方が幸せですか?
無茶苦茶に叫んで、暴れ回って、ヒステリックに
私をまた愛してって、言えば私は満足するでしょうか。
私はその方が幸せですか?
それから死んだ方が、マシですか。
私は、セイの嫌がる顔だけは見たくないけど。

あぁ、心がざわついて。
ほんとうにちぎれてしまいそう。風が強くて。
私の心だけ、ふぅわり立川にいるセイへ、飛ばしてくれないかな。
この想いだけ、セイに伝えてくれませんか。
風、風、これだけ無駄に吹いているのなら。
少しくらい、私に力を貸してください。

躰なんて、もういらない。
こんな躰。汚れた躰。貴方がそう思った躰。
私の心を見せれば、きっと判ってくれる。
私の心が純粋に、貴方だけを愛していたって。

だから、風よ。
頼むから、私の心をさらっていって。

いつか、貴方をよい思い出に出来る日が来るのでしょうか。
いらない、いらないよ、そんなのいらない!
私が欲しいのは、君一人。
セイセイセイセイセイセイセイセイ、貴方だけだったんだ。

monochrome / tomoakira