国分寺

昔は別荘地だったと聞いたことがある。
私が生まれるずっとずっと以前の話。
その頃を知っている人なんて、
多分もう、此処には居ないけれど。

改札を抜けると、未だ国分寺には馴染まない人込み。
東京と言っても西寄りで、少しくらい頑張ってみても
時折、雑踏と騒音の隙間から田舎臭さがペロリと零れてしまう。
私はそれがとても、懐かしくて歯痒い。

でも決して、その痕跡を探している訳じゃないよ。


誰とも無く言い訳しながら、
気づけば今日も私は
息を吐き出すように開いた電車のドアから
流れに任せてホームへ降り立った人々に紛れて
あたかも帰宅するかのように此処に居て。

丸で居場所を作るかのように。

「此処は君の帰る場所じゃない」


昔は別荘地だったと聞いたことがある。
あの人の生まれるずっとずっと以前の話。
その頃の話を知っているあの人は、
多分もう、此処には居ないけれど。

改札を抜けても、未だ国分寺には馴染まない私。
東京と言っても西寄りで、少しくらい頑張ってみても
時折、雑踏と騒音の隙間からペロリと思い出が顔を出してしまう。
私はそれがとても、悔しくて歯痒い。

だから決して、その痕跡を探している訳じゃないよ。


誰とも無く言い訳している。
緩やかに、けれど見えないスピードで発展して
比例するように消えていく得体の知れない何か大切なものが
もう二度と見つからないような焦燥を抱えている。

何処に居たって、新しいこと憶えていくから
こうして留まっていても仕方ないって言ったのは私だ。

それなのに。

思い出全部ペロリと零してしまっても、
此処が別荘地だった頃の温もりが消えてしまっても。

変わらないでしょう?何も。

そう言って欲しかったんだね。
そう言って欲しかった。


でも決して、その痕跡を探している訳じゃないよ。

私は今日も、此処に居るけれど。

深海浮遊 / minimurin