月明かり

がたんごとんと音がする。
小刻みな振動と流れるアナウンス。
柔らかく流れる怠惰な空気。
窓から見える景色は何も変わらない。

1999年8の月。
恐怖の大王が降ってきて
世界は終焉を迎えると言われてた。
全てが終わるはずだった日から4ヶ月後。
久し振りに逢ったアナタは無表情にアタシを抱いた。

がたんごとんと音がする。
小刻みな振動とアタマの中に響く警報。
世界はあの日を境に色褪せてしまって
アタシの目には何も映らない。

一緒に見上げた月を見てアナタは
総武線の色だ、と、ポツリと呟いた。
アナタの愛した中野を、アタシはうまく愛せているかなぁ。
アナタの愛してくれたこのカラダとともに、大切に出来ているかなぁ。

世界はめまぐるしいスピードで変化を告げて
取り残されてるのは、きっとアタシひとり。

初めて買ったオメガの時計も
初めて貰った婚約指輪も
一緒に過ごした眩しい日々も
零れ落ちたカケラだけがこんなにも鮮明で。

車の排気音とガソリンの匂い。
路面に残る痕跡と焼けたタイヤの臭い。
定位置に置かれたジッポと煙草の映像が
アタマから離れてくれなくて。

中野に住もうと決めたのも
新宿で働こうと決めたのも
車のない生活を選んだのも
全てアナタの痕跡をなぞる為だった。
アタシの中以外に存在するアナタのカケラを
一生懸命に拾い集めてた。

アナタ以外を愛そうだなんて
最初から無理な話だったんだ。
アタシにはいつだってアナタしか見えないんだ。


ねぇ、バカだなって笑ってよ。


がたんごとんと音がする。
小刻みな振動と流れるアナウンス。
アタシの世界は止まってしまった。
もう月明かりさえも届かない。

アナタの愛した中野に全て
アタシを捧げてしまいたい。

07 / NANA