1歳11ヶ月

東中野駅を出て信号を渡るとすぐ。
車が一台通れるか通れないかぐらいの幅しかない。
そんな商店街がある。

この商店街は早稲田通りまで続いている。
試しに端から端まで歩いてみると
小さな店がひしめく様にして建っている。
規模は大きくないがこの商店街は死んでなかった。

教会を過ぎたあたりに洋食屋がある。
少年はそこのハンバーグが好きだった。
母親と一緒にこの街に引っ越してきたその日。
お祝いと称してここで食事をした。

さっきからずっとその事ばかり思い出している。

狭い店内ではあるが山高帽のコックさんがいて
鉄板からジュージューとおいしい音が響いてる。
少年はワクワクしながら待っていたのを覚えている。

さっきからずっとその事ばかり思い出している。

少年には父親がいなかった。
むしろ父親という存在すら知らなかった。
だから隣のテーブルで「 パパ 」と呼ばれている人が
何なのかがよくわからなかった。
「 ママ 」は自分にもいるけれど「 パパ 」はいない。
もっと考えればわかったのかもしれないが
おいしそうな匂いと共にハンバーグが運ばれてきたので
そんな考えはすっかりどこかに飛んで行ってしまった。

初めて食べたハンバーグはとても美味しかった。
口のまわりにソースをいっぱいつけて夢中で食べた。

さっきからずっとその事ばかり思い出している。

来月は少年の誕生日だった。
少年は来月で二歳になる。
母親がハンバーグをまた食べさせてくれると言っていた。
それがいつなのか少年はわからなかった。
でもその日を心待ちにしていた。

少年はここ最近、あまりご飯を食べていなかった。
母親に元気がないのは気づいていた。
ごはんを作ってもらえないことも多くなっていた。
お腹がすいてどうしようもない時は
流しの下にある小さな袋が少年の力になった。
無くなったと思っても探せばまた出てくる。
四角くて細長い黒い紙のようなものが入っている小さな袋。

以前ならこの袋の中身を食べた後には必ず
歯についた黒い紙の断片を母親がキレイにしてくれた。
母親があまり動けなくなった今も少年の歯はキレイだった。
本来なら汚れていることだろう。
現実に初めのうちこそ黒い断片でいっぱいだった。
少年が探しても探しても小さな袋は出てこなくなったから
日に日に歯がキレイになるのは当然だった。

母親は今日もいない。
少年はもう泣かなかった。
体中が痒いことも気にならなくなっていた。
部屋中が臭いことも鼻が慣れていた。
泣く力も起き上がる力も残っていなかった。


少年は目を閉じた。
そう、トイレで座っている母親と同じように。

来月は少年の誕生日だった。
少年は来月で二歳になる・・・はずだった。

青洞 / FOSSIL