代々木

 俺は食い物に不自由したことがない。
 そりゃ、チビの頃はお袋が消えちまうわ、兄弟がどんどん死ぬわで苦労もしたが、俺は一番丈夫だったのか、そういやチビの頃に他の兄弟をおしのけてお袋のオッパイ吸ってた記憶がなくもないが、そんなの鳥頭の俺のこと、忘れちまったといっていい。いや、世の中生存競争なんだから俺のやってることは間違ってない。
 さっき「鳥頭」なんて表現をうっかり使っちまったが、これは比喩だ。俺は鳥じゃあない。人間だって使うだろ。鳥でもないくせに。あいつら自分たち以外の動物を完全に馬鹿にしてやがる。
 特に「猫の額ほど」という表現。
 猫は人間と違って体自体小さいんだから額も相対的に小さくなって当然だ。そもそも猫と人間じゃ頭蓋骨の形が違ってるってこと、連中わかってるのかな?

 ついついしゃべり過ぎた。
 俺はさっき「食い物に不自由したことがない」と言った。まあ、都会に住んでる奴ならある程度察しはつくだろう。
 俺はいわゆる「コンビニ猫」だ。
 コンビニエンスストアの扉のすぐそばでイイコに座って、上目遣いで喉をグルグルならし、人間の足にすりよれば、大抵の奴は何かしら分けてくれるもんなんだ。くれそうな奴とくれなさそうな奴がいるが、自動ドアに近寄ってきた人間に、最初に飢えた顔して「ミュアーン」と作り声の甘えた声で鳴いておけば、50%の確率で俺用に食べ物を買ってくる。
 俺は本当に便利なところで生まれた。


 俺が拠点にしているコンビニは「ヨヨギエキ」の前にある。ここには面白いくらい色んな人種が来る。
 思いつめたような顔してメガネかけて重いカバン背負った学生っぽい奴とか、俺より気色悪い作り声でキャイキャイ入ってくる変なテンションの女たちとか。
 そして朝にはでっかい荷物を持った疲れきった顔のサラリーマンが、栄養ドリンクを買って出てきて俺に話しかける。あいつは俺に何をくれるわけでもないが毎朝必ず話しかけて行く。
「お前辛くないか?」
「辛くないよなあ、みんなお前のこと可愛がってくれるもんなぁ」
「お前雨の日どうしてるんだ」
「お前も生きていくのに必死だよな。お互い頑張ろうなあ」
 俺よか、あんたのほうがよっぽど生きるの大変そうに見えるよ、と思って俺は「ニャー」と言うのだが、それはあいつには無論通じず、いつも返事はこうだ。
「ごめんなぁ、俺、外猫にはエサやらないことにしてるんだ」
 おいおい、俺をそこらの野良猫と一緒にするなよ。俺は立派なコンビニ猫だぞ。そう言ってやりたくてもう一度「ニュァーン」と鳴くのだが、あいつは「ごめんなぁ、ごめんなぁ」と言って栄養ドリンクをその場で飲み干し、ゴミ箱に入れるとどこかに走っていってしまう。


 他にも俺に話しかけてくる奴は大勢いる。あいつら、人間の友達いないんだろうか。俺は友達いなくても平気だが、人間てのは犬と同じで群れたがるもんだろ?どうして俺に話しかけるのか理解できない。
 でもいいや。俺はメシさえもらえりゃそれで満足なんだから。


 キャイキャイ女の1人もいつも俺に話しかけてくる。この女は週に2回くらいアニメの雑誌とファッション雑誌と漫画とペットボトルのお茶を買っていく。声はうるさいが、こいつのいいところは俺専用にホットドッグを買って来て半分くれるところだ。
 連れの女は、こいつが俺に話しかけてる間、夢中になって漫画雑誌を読んでる。
 女は俺のことを「ブチョウ」と呼んでる。何でそんな名前をつけるのか知らないが、俺には他にも多数の名前があるから深くは考えない。
「ブチョウ、お肉だよ」
「全部はあげられにゃいの~」
「ブチョウ、マスタードかける?」
「嘘だよ~。はいはいはいはい、早く欲しいのね」
「はい、どーぞ」
「んまい?」
「ブチョウ、もっとキレイに食べなさい」
「ブチョウ、連れて帰りたいなぁ」
「引っ越したら一緒に暮らそうね」
 女はたくさん俺に話しかけて、俺も適当に「ニャォーン」「グルグル」と相槌を打って、連れの女が「アイコ、時間やばくない?」と言ったところで
「ブチョウ、またね」
 と、どこかへ走っていってしまう。


 誰か、「特定の人間」と暮らす生活か。俺には一切想像がつかない。
 大体、普通の「イエ」ってどんなんなんだろう?俺は窓越しにしか覗いたことがない。そもそもこのへんには「ミセ」のほうがぐんと多い。
 そんなこたどうでもいいか。猫は猫なりに鳥頭を持ち合わせているんだ。
 俺の「イエ」は当分このコンビニ自動扉の前。



 俺は、列車の響きと発車のベルが聞こえる「ヨヨギエキ」のコンビニ猫だ。

つな缶。 / とびたつな