彼の彼女

「俺の彼女、信濃町に住んでるんだ」
彼は窓の外を見ながら、言った。
そして。
「たぶん、今の彼女と結婚するよ」
そう言って、にやっと笑った。
あたしはただ、聞いてるしかなかった。
幸せそうな彼を、見てるしかなかった。

彼は、彼女しか見てないのに。

1回ヤっただけの仲。
彼女は居るって、わかってたけど。
そのうち、あたしの方を向いてくれるって。
思ってたけど。
・・・幻想だったね。
彼にとってあたしはただの都合のいい女。

「じゃあな」
そう言ってあたしの頭をぽんぽんっってすると。

彼は電車を降りた。
信濃町で。

あたしひとり、取り残された。
信濃町で。

また電車は走り始めた。
さっきまで隣にいた彼は、もういない。
彼は彼女の隣に。
あたしの隣は、もういない。

ふと。
舌を軽く噛んでる自分に気づいた。
こうすると、涙を我慢できるって聞いてやりはじめたら。
いつの間にか、癖になってた。
・・・泣きたかったんだ、あたしは。

なんだかしょっぱい口の中。
噛んでた舌を放すと。
途端に目に涙が溜まって、零れ落ちた。

紅詞 / Ren