バカ

突然だった。
最初は何を言っているのかわからなかった。
曖昧な言葉で僕を量るようないつもの口調で
君がさらりと言ったせいもあった。

兆候はあった?
よく些細な一言で人を傷つけている僕は
まったくないとは言い切ることが出来ない。
けれどほんの数時間前に2人で食事をした時は
(これは断言できるのだが)
そんな素振りは微塵も無かった。

わからない事はちゃんと聞きなおさなければ
君との生活は成り立たない。
ともすれば天気の話題でさえ何か2人にとって
重要な意味が込められていたりするからだ。
だから僕が君にどういう意味なのかを
聞きなおしたのは当然の成り行きだった。

「出て行くから」

いきなり過ぎて訳がわからなかった。
耳には入っているが脳まで届いてない
あの状態だった。

今までもこういった事が無かったわけではない。
その度に僕は引き止めた。
嫌われたのなら、一緒にいたくないのなら
不本意ながらも承知したかもしれない。
でもいつも突然で原因がわからない。

確かに僕は鈍感だ。
他の子と付き合ったりもしたけれど
いつも長続きしないのはそのせいだと知っている。

だから返す言葉が見つからなかった。
その時の僕をデッサンするならば間違いなく
マンガのようにはてなマークが浮かんでいただろう。

我に還ってから僕は例のごとく引き止めた。
けれど言葉がうまく出てこない。

バカげた話だけれど前回と同じ引止め方が
僕には出来ないのだ。

「前にもそんなこと言われたよ?」
なんて君が言うはずないのはわかっている。
けれど言えないのだ。

で、君は出て行ってしまった。
出て行くまでのわずかな間、
取り留めの無いことを話しただけで
結局は何も言えなかった。

言っても無駄だなんて思ってない。
けれど君からはそう見えてしまっているだろう。

仕事が残っていたのでとりかかった。
何かをしていないと考えてしまうからだ。
そうしてしばらくするとチャイムが鳴った。
僕の家は会社の人どころか親も知らないので
訪ねて来る客など全くいないはずなのに。

ドアを開けると服を取りに来た君だった。
気まずいながらも服を渡して見送る。
また僕は引き止める事が出来なかった。
頭の中では後悔するのはこのシーンだななんて
冷静に分析なんかしてた。

ドアを閉めてだいぶ経ってから
僕は仕事の手を止めた。
そして外に出た。

外は小雨が降っていて夏だというのに肌寒かった。
コンビニを2件ハシゴした後に
もしかしたら君がいるかもしれない
と神楽坂を上り公園に行った。

コンビニよりも遠い場所にあるのに
傘も差さずにテクテクと歩いていった。
公園の入り口まで来たところで
山崎まさよしの歌を思い出して
「俺、バカだな」と声に出して言った。
飯田橋の駅は神楽坂を下った場所にあるから
君がその公園にいるはずなんてないのだ。

それでもとりあえず公園を窺ってみた。
夜の公園はとても暗く物寂しかった。

公園のベンチにうなだれて座る君を見つけた時は
嬉しさと悔しさが入り混じる気持ちだった。
屋根もないその場所で君は確かにそこにいた。

嫌がる君を無理矢理に背負って連れて帰る。
案の定、風邪をひいていた。

看病しながらバカだな、と呟いた。
また君とやり直せるかどうかなんてわからない。
でも自分がバカで本当に良かった。
そう思いながら君の寝顔を見つめていた。

montag / ユウジ