揺らぐ思い

心と言うのだろうか・・・
魂の目覚め?
自我の目覚め?
自分という存在を認識してから
5年ほどの時を数えたらしい
その時から変わらない心地よい場所と
丹念に私の本体を磨く男性
変わらない世界
日々は楽しく
すべてが新鮮で
魂を持てたことを神に感謝した
遥か海の彼方で生まれ
心を持った私の家
ココは喫茶店ユラギ
揺らぎの許された場所

  *  *  *

日が昇り暫くしてからだろうか
私は明るく射す日の光で目を覚ます
もうすぐ私の持ち主が朝の準備に来る頃だ
私は自分の本体であるティーカップの中でゆっくりと背伸びをする
ゆっくりと目を擦り
ほのかに香る紅茶の香りを楽しむ
日課である仲間達の状態の確認を済ませた頃
ご主人様がいつもの変わらない柔らかな笑みを浮かべて
ゆっくりと店内に姿を現す
上品に揃えられた髭に
優しく後ろに撫で付けられた髪
今日も静かで優しい足取りでカウンターに来ると
極上の微笑で
「おはよう」
私に優しく挨拶をする
この主人の優しい思いが私に魂をくれた
「付喪神」この国ではこう呼ばれるものらしい
私のことを見えていないのは少し寂しいけど
おはようございますと届かない返事を返す
そして優しい手つきでケーキを作る主人を見ながら
開店を待つ
主人の今日が幸せであるようにと・・・

  *  *  *

準備が整い開店のドア飾りをかけ
主人は私を磨きながら時間を楽しむように客を待つ
からんから~ん
やがてドアの鈴が優しく響き
2人の男性が姿を見せる
アイロンのかかっていないよれたTシャツに
よれよれのジーンズに煤けたディバック
いつもの常連さんの2人だ
「いらっしゃいませ」
相変わらずのやさしい笑みで主人は出迎え
「おはようございます マスター」
すこしぎこちない笑みで答え
いつものようにケーキセットを頼み
いつもの席に腰を下ろす
ディバックから怪しげな本を取り出し熱心に会話をはじめた

「キミ 今日のアイテムはどうするのかね?」
「無論箱買いにきまっておりますよ 大佐」
「当然だね 今回のディテールは過去最高だからね」
「ですな~ あの曲線はたまらないものがありますよ」
二人の熱い会話に耳を傾け
「いいですねー 若いうちに打ち込むものがあるのは素晴らしいことです」
優しく満足げに相槌をうつ主人
しかし私は知っている
この2人が主人の思っているようなものではないことを
心の中にある黒く深い渦が
心の思いで生まれ
すべてを新鮮に学べた私は知っている
主人にはなぜ私の声が聞こえないのだろう
でも幸せそうな主人の笑顔を見ると今のままでいいかとも思う
優しく私を磨く手が幸せであるならば・・・・

「そういえば大佐殿 この間のアレはどうなされましたかな?」
「無論 細心の注意でケースに収めたよ 抜かりはないさ
アレは埃等に弱いからね」
「さすが大佐殿ですな~ ケースは必需品ですからな」
「愛しいあの子が傷ついたりしたらたまらないからねぇ~」
相変わらずの会話だ・・・・・しかし
「物を大事にする心 いいものです
私もわかりますよ この子たちのことを思うと」
いや・・・・・違うから
物を愛する心と変愛癖はちがうからぁぁぁぁぁぁぁ

  *  *  *

私の声がこだまする
こんな客しかこないのか
怪しいビルに囲まれて
思いの交錯する場所
喫茶ユラギの一日は
ただ変わらずに過ぎてゆく

夢工房夢月堂 / 姫新翔