世界を染める紅

商店街を抜け、踏み切りを横切って、中山法華経寺へと歩く。
仁王門をくぐると、真正面には赤土色の美しい五重塔。
千葉県で最も古い塔の一つで、国の重要文化財。

庭園内をゆっくりと、散策しながら歩く。
あちこちに散りばめられた、君との思い出。
桜咲く春も、花柘榴の夏も、落ち葉舞う秋も、北風の吹き抜ける冬も。
季節が移りゆく度に、僕らはここを訪れた。

「柘榴が、紅い実をつけたよ」

君から届いたあの日のメールは、今でも僕の携帯の中で。
ありのままの姿を留めて置きたいから、いつまでたっても新機種に出来ない。
未だに碧に光る画面を見ても、理由を知る友人は何も言わない。

「イランのザクロス高原に生息している植物だから、柘榴なんだって」

落ち葉舞う秋、其の紅い実を優しく撫でながら、君はうふふ、と笑った。
僕は君の其の笑顔を見ながら、そうなんだ、と呟くだけで精一杯だった。

突然訪れた別れを、未だに僕は理解出来ないでいる。
部屋のチャイムが鳴る度に、電話が鳴る度に、僕は其処に君を想う。
其の艶やかな笑顔を振り撒いて、ただいま、と言う君の姿を探してしまう。

この季節は胸が痛い。
あの日、君の唇を伝って流れた血の色と同じ、柘榴の紅が僕を責める。
どうして気づいてやれなかったんだと思うたびに、紅く染まった視界が僕を責め続ける。

「安息なんて、あるのかな」

花柘榴の花言葉。
最後に呟いた君を想う。

いつもの花柘榴の下。
ポケットから携帯を取り出して、君にメールを書く。
今日も、君を好きでいさせてくれてありがとう。
今日も、君を想えることにありがとう。
其処に安息はあったかい?
君の愛した花柘榴は咲いているかい?

宛先の無いメールは、こうやって僕の中に降り積もって。
そうしていつか、何もかもひとつに溶けてしまえばいい。
君への想いも、世界への想いも、僕のこれからも、君の望んだ未来も。
ミキサーにかけたようにドロドロになって、いつの日か誰かの喉を潤すように。

花柘榴の紅を視界の端に捉えながら、僕はゆっくりと歩き始める。
いつものように総武線に乗り、いつものように家に帰る。

今はもう、君のいない家に。

stushy / 藤生アキラ