通過駅

オフィスを出て錦糸町から総武線の快速列車に乗ったタカコは、ドアの近くに立ち、夕闇に流れていく西船橋の街を見ていた。
駅の北側には居酒屋がいくつかあったけど、あれはよく待ち合わせに使ったお店の明かりかしら。こうして見ると風俗店も多い。思えばゆっくりとこの街を眺めたことなどなかったような気がする。
車内はタカコと同じように仕事を終えて家に向かう人で混雑していた。それでも、土曜日の今日はいつもより空いている方だ。あと20分くらいで千葉に着く。

西船橋駅は総武本線の他に、武蔵野線・京葉線・東京メトロ東西線・東葉高速鉄道が乗り入れる、千葉県内屈指の旅客ターミナルである。しかし、この快速はそんなことなどおかまいなしにこの駅を通過する。タカコは不思議に思わずにいられなかった。

彼とはどこで知り合ったんだっけ…ああ、これはよそう。この時間に一番幸せだった頃を思い出すのは危険だ。何もかも宵の冷気に連れ去られてしまう。
2年という月日は二人にとって長かったのか短かったのか、わからない。
タカコは千葉の自宅と錦糸町のオフィスを往復していたが、彼のアパートはちょうどその中間の西船橋にあった。仕事を終え、彼のアパートでひとときを過ごし帰る。昨日まではそれが日課だった。
いっそのこと、ここで一緒に暮らしたら?
そう言われたこともあったけれど、実家の母を一人にできないのよ、それにあなたとはここでこうして会う方がいいのと断った。タカコだって一緒に暮らしてみたいという気持ちがなかったわけではない。だが、怖かったのだ。5歳も年上の自分は、彼の若さを束縛してしまうのではないか。いや、それは嘘だ。本当はこうなることが怖かったのだ。自分の方が彼を好きになりすぎて、身動きがとれなくなることが怖かったのだ。
彼はタカコを強い女だと二回言った。一度目はタカコに敬意を表して。二度目は昨日、諦めにも似たため息とともに。
タカコはついに最後まで彼に弱いところを見せることができなかった。また、そんなタカコの気持ちを察するほどに、彼はまだ大人になっていなかった。

武蔵野線・京葉線の高架ホームが駅舎をまたいで直角に交わっている。多くの人が集まり、去ってゆく巨大な分岐点。おそらく需要があるはずなのに、この列車はここを通過するだけだ。タカコは瞬きもしないで、ただただそれを見守った。視界から駅舎が完全に消えると、瞳に湛えていた涙がこぼれ落ちた。
もうこの駅で降りることはない。どこか垢抜けないのに殺伐としたこの街は、タカコが一人で歩くには少し寂しすぎるのだ。

eros / 颯木