少年ロマン

やがて夜が来る。
七時までは子どもの時間、九時からは大人の時間。
其の間の時間が、僕は嫌いだ。
僕の何かが緩んだ隙につけこんでくる、彼女がいるから。

「どうしようか」
「帰りたくないの」

彼女はどこか可笑しくて、
義務教育中のくせに、
夜八時を過ぎてからこんな男を呼び出すような常識を持ってる。
そのくせませていて、ロマンチックに行き先は海だという。

「ずっとここにいることはできないよ」
「知ってる でも今はいさせて」
「駄目といってもいるつもりだろう」

なぜ彼女が僕を選んだのかは、わかっている。
彼女の鋭い嗅覚に、僕は嗅ぎつけられたのだ。
体中に染み付いた嘘つきの匂いを。
ただそれがばれたのは初めてだったから、僕は彼女に興味を持った。
指をさしてこういわれた、あの日から。

「この、大人ぶり男」

あの時みたいに、彼女は今でも僕に言う。

「ああそうだよ でも君は僕よりもお子様」

僕たちは砂浜で、並びながらただ前をを見て会話をする。
夜を迎えるために月が昇っていく様を見ている。
そして日を追うごとに大人になって行く彼女に、見てみないふりをする。

「どうせあたしのことなんて」
「嫌いじゃない というよりなんとも思ってないから」
「そっちのほうがひどいよ」
「そうだね 悪かった だから泣くな」

幼すぎる彼女に、
何が言いたいのか。
何が伝わればいいのか。
彼女には、小さい頃好きだった女の子の面影を感じている。
だからこそ僕は、少しだけ毛羽立った言葉で触れることしかできない。
それは彼女に対する甘酸っぱい想い。

「さ、帰ろうか 送っていくから」
「もう?」

僕たち嘘つきは、本音で話せない臆病者なのに、
たった一度でも本音を投げかけてきた相手に、嘘はつけない。
そんな間柄である僕らが長い時間一緒にいるなんて、
とてもじゃないが耐えられない。
彼女には申し訳ないと思ってる。
僕が情けないばっかりに、寂しい思いをさせて。
僕が頼りないばっかりに、好きにならせてあげることもできない。

「僕だっていつまでも余裕があるわけじゃないんだ」
「なにかあるの?」
「待ち合わせ」
「待ち合わせ、って誰と?」
「優美な大人の女性だよ」

僕は今、きっと何かの力に引き戻されている。
だんだんと、時があの頃に戻っているのを感じる。
僕だけが彼女よりもっと幼い、子どもになっていくような。
そういうときだけ、取り繕うのに必死になってしまう僕を、
彼女は見抜いているだろうか。

「あたしが子どもだからって、あなたは何も聞いてくれない」
「君は聞いても何も言わない」
「図星じゃないよ、それは」

僕の何を暴くつもりなのか、
彼女はいつも、其のまっすぐな目で一番の弱点を刺そうとする。
もしかしたら、日ごろの恨みかも。

「いつだってあなたがあたしから逃げてるんじゃない」

僕は寸でのところで逃げ切った。
時計はすでに九時を周っている。

「もう行かなくちゃ」
「…ばいばい」
「乗っていくだろう?」
「今日は、もう一緒には帰らない」

無意識だとしても「今日は」と彼女は言う。
明日はまた僕を呼び出すと、わかっているから。
彼女は、僕に駆け引きのための嘘はつかない。
僕が彼女に嘘をつかないように。

「残念だな、今日みたいに綺麗な夜は、めったに無いのに」
「だから何?」
「一緒に帰りたかったよ」
「…嘘つき」
「嘘じゃないのに」

そうは言っても、僕はまだ「彼女に興味の無い嘘つき」でいたい。
誰にどう言われても。

「帰ろう」

時間はやっと元の流れをたどり始めた。
キーを差し込み、順当にエンジンを起こて、少し彼女の方を伺う。
うつむきながら少しずつ、こちらに近づいてくるのが見えた。
今夜の月は、本当に綺麗で、誰よりも彼女に良く似合うと思った。

RO-MAN / にわとり