13:58

ワンコールで切れた携帯電話の着信音で目が覚めた。

・・・・・・また悪戯。

片方しか開かない目を擦りながら
「今日はどこからだ」と、どうでもいい着信履歴の確認をする。

以前なら、いわゆる「日本六大都市」と言われる市外局番ばかりだったが
最近はほとんどが東北地方の市外局番だ。
でも今日のそれは違った。



「非通知設定」



悪戯じゃなかったのか。

受けとらなければいけない電話などあっただろうか?
特に心当たりはない。
仕事柄、携帯電話の番号を教える機会は多いが
ワンコールで切れた携帯電話はプライベート用だった。

確かに最近、番号を記入した記憶はあるが、どれも個人ではない。
どこかの企業などなら「非通知」はありえるかもしれないが
そんなところに教えた記憶もなかった。

昼はとっくに過ぎていた。
けれど、今日は久しぶりの休みだった。
大事な用事なら、どうせまたかかってくるだろうと思い
起こされたことに少しだけ苛立ちながら、また目を閉じた。

折りたたみの携帯電話を閉じるか閉じないか同じぐらいに
眠りにつくのは呆気なかった。

それから起きたのは夕方の5時を過ぎていた。
遮光カーテンを好んでいる僕は
世界の昼も夜も、天気の良し悪しもすぐにはわからない。

カーテンを両手で広げるように開けた。
が、外は昼と夜の間で、空はすでに夕刻のオレンジ色。
そして、やっぱり天気の良し悪しもわからない。

しかし今日はそれでよかった。
今日の僕には関係ない。
僕はカーテンを閉め、値は張ったがお気に入りのスタンドライトを付けた。

今日が久しぶりの休みということもあり
昨日は仕事を定刻に上がり、真っ直ぐに家に帰った。
部屋着に着替え、簡単な食事を摂り、風呂も入らず、すぐに寝た。

僕は寝起きに必ずコップいっぱいの冷たい水を飲み
シャワーを浴びるのが習慣になっていた。

水が食道を通り胃に入っていくのがわかる。



「あ・・・」



胸が締め付けられるような衝撃が落ち、咳込みそうになった。



「あの電話は“彼女”だ」



それは根拠のない確信でもあったが
僕が自ら携帯電話の番号を教えたのは“彼女”しかいなかったからだった。

僕と“彼女”は同じ会社でたまに挨拶をする程度の仲であり
会話らしい会話をしたことがなかった。

だが僕は“彼女”を見ていると
いろんな話しをしたい衝動に駆られ
普段の僕なら考えられないような行動に出た。
それはただ「連絡先を教える」という行為だった。

「恋」だとか「愛」だとかとかいう気持ちはなかった。
そして紙に書いた連絡先と一緒に一言だけメッセージを添えていた。



-仲良くなってくれませんか-



普段とらない行動をする。言葉を使う。
自分で思い返してみても、何て陳腐なんだと恥ずかしくなってしまう。

きっと“彼女”は、僕の言葉を断わろうとしたに違いない。
あわよくば自分の連絡先を教えずに済むとでも思い非通知にしたのだろう。

なんて狡い女だ。
そしてなんて馬鹿で可愛いんだろう。
だって僕はまだ“彼女”に告白めいたこともしていなければ
何の誘いもしていない。
ただ「仲良くなろう」と言っただけだ。

僕は、非通知にしておいてよかったと思いにやりと哂い
やはり彼女と話しがしてみたいと、彼女を知りたいと思った。

Purple Cat / くーみん