祈り

今にも壊れそうな感情を抱え込んでいる。



「お前さぁ、一回病院行った方がいいって」
友人の言ったその言葉が
自分の病気を意識し始めたきっかけだった。
もし少しでもにやけながらそんな言葉を言われたら
僕は間違いなくその友人のことを殴っていたと思う。
でも、彼のいつもより少しだけ真面目な表情からは、
僕のことを心配する気持ちしかうかがえなかった。

それから数週間、僕はあるクリニックの前をうろついた。
「神経科・心療内科」と書かれたその看板の横にあるドア、
それに近づいて押し開けるだけの勇気が湧かず、
ただ不審者のようにその前を行ったり来たりしていたのだ。



時間が経つにつれて、自分の何が変なのか、
だんだんと自覚していくことができた。
異常なほどの不安感。
外出中に家が火事になっていたらどうしようと考えたり、
ちょっとした腹痛を重病じゃないのかとか疑ってみたり。

そういう取るに足らないことに対して不安を感じる日が続いて、
ついにほとんど眠れないようになった頃、
また同じ友人が僕に言った。
「バカじゃねぇの? さっさと病院行けって」
その言葉で「でも」と口を濁した僕に対して、
彼は少し語調を強めて言う。
「『でも』も何もねぇって。絶対よくなるから行けよ」
言葉遣いこそ汚かったものの、
限りなく優しい言葉だ、と思った。

その明くる日、僕は意を決してクリニックのドアを開けた。

正直言って僕は驚いた。
その中は「病院」や「医院」のイメージとはかけ離れた
清潔感のある普通の家のような感じで、
待合室にいる大勢の人たちも、
もしこの場以外で会っていたなら
何かメンタル面でつらい症状を抱えているなんてことは
全然わからないような感じの人ばかりだった。

先生もとても穏やかな人で、
この先生の言う通りにすれば
僕の病気はきっと治るだろうと思えた。



その日から今日まで、停滞も前進も後退もあった。
ただ、少しずつよくなっているような実感はあって、
でも、やっぱり不安を感じないような日はほとんどない。



いろんな人と話をして、いろんなことをして、
そうして一日は終わっていく。
もう二度と帰ってこない一日を振り返りながら、
次の一日に思いを巡らせる。

不安を抱えながらも無事に過ごせたことに感謝しながら、
僕はまた明日も無事に過ごせるようにと願いながら床に就く。

僕と同じように、こんな不安感と付き合い続ける人もきっといる。
周りにいる人みんながそういう人ではないのだろうけど、
でも見た目ではそんな区別なんて全然つかなくって。
だから僕は日付が変わった頃に、
やってきた一日のこれからの時間に
思いを馳せながら目を閉じて祈る。
明日すれ違う人や出会う人、
その誰一人も傷つけずに過ごせますように、と。

少しずつ夢に引き込まれていって意識は遠のく。
その中でぼんやりと自分に問う。毎日のように問う。
脆い心ゆえのこの病気は、僕を優しく変えてくれただろうか。



おやすみなさい。
今日もきっといい一日になってくれるだろうから。
穏やかな気持ちで、今度は小さく声に出してみる。
「おやすみなさい」

それだけで壊れそうな心が
少しだけ強くなったような気がする。
今日もいい日だ。そう思った。

World With Words / Tomo