愛のかたまり

台所の冷たい床に寝っ転がって、見慣れた天井を見ていた。
ここももう、出入り出来なくなるんだな、と彼に返す鍵を握りしめて思う。
後4時間の恋。

別れよう、と言われて、初めて合い鍵を使った。
その皮肉に、一人虚ろに笑う。
慌てて仕事に行ったのが伺える部屋の中。
二人でよく観たテレビ、狭いシングルのベッド。
2週間前と何も変わっていないのに、私はもうそこに立ち入ってはいけなかった。
だから台所兼廊下に座り込んで、こんな事をしている馬鹿な自分に、また涙が出てきた。

いつも、私は「別れよう」と言われて。
泣いてすがったり、嫌だといった事がなかった。
もう相手の心は離れてしまったのだから、これ以上嫌われる事のない様。
スマートに。穏便に。
だからまだ、終幕をおろしていない恋がいくつも胸の中にある。

告白は相手からされるのだ。
そして「好きじゃなくなった」とあっけなく振られてしまう。
私の中身は空っぽで、我が儘で、手ばっかり掛かって。
でも「どうして私を振るの?」と聞いた事はなかった。
具体的に挙げられて、傷つくのが怖かった。
怖がって、恋から学ぶ事がなかった。

彼とは2年付き合った。
楽しい事だらけだった。スノボーもやった。ゴルフも教わった。ビリヤードにも初めて行った。
私は彼との未来に賭けて死にたい衝動を抑制していた。彼が居てくれるから生きていた。
それが重いと言われようが、自立していないと言われようが私には、彼しかいなかった。
彼の名前しか思い浮かばなかった。
きっと彼だって不安定な私を「またか」と思い、見限る日だってやって来る。
彼はとても我慢強くて、いつも黙って待っていてくれるけれど、いつまでもそうとは限らない。
とうとう、その日が来たのだ。
楽しかったけれど、依存していた関係は、これで終わり。
でも、最後に一つだけ、この恋をなかった事にしたくないから。
「どうして?」
それだけが聞きたくて、私は泣くのをやめて家を飛び出し、こうして彼の部屋にいる。

冷たい床に接していると、発熱しているのがよくわかる。
処理出来ない事が起きると、熱が出る私の悪いクセ。
後3時間半。

ジバンシイの「ウルトラマリン」を付ける彼だった。
抱き締められて、首筋に顔を埋めると、甘い様な、爽やかな香りに癒やされて、
心も体も安らいで、溶けてしまいたかった。

「貴方と同じ香水を 街の中で感じるとね 一瞬で体温蘇るから ついて行きたくなっちゃうの」

思わず口ずさんだkinkiの歌の様に、
何度街中で振り返っただろう。
何度貴方を探しただろう。
本当に貴方が好きだったのに。愛していたのに。
貴方なしでは生きていけないとまで思っているのに。
後3時間で終幕。

もう時計を見るのをやめよう。
「あまり愛が大きすぎると 失う事思ってしまうの」
何度も思ってきたけれど。
何度も疑ってきたけれど。
私本当に幸せだった。
どうして駄目だったのか、それだけを聞いて、
最後にありがとうだけ伝えて、この恋を終わりにしよう。
「X'masなんていらないくらい 日々が愛のかたまり」
嗚呼、今年のX'mas、貴方はもう隣にいない。

monochrome / tomoakira