すべりだい

仕事帰りいつもの最終電車。
足早に改札を抜けたところに、知ってる顔を見かけてびっくりした。

「遅かったねー。おつかれさま」
「なに、なんでいるの?」
「なにが?」

タバコをもみ消しながら藤本くんが笑う。さも待ち合わせしてたかのように。

「・・・いや、まったく自然じゃないって」
「なにそれ?」
「つっこみ。だって藤本君ち逆方向じゃん」
「そうだね」
「さっきおつかれーって先あがったじゃん」
「仕事中はなしてたでしょ、今度遊びに行くねーって」
「今日なんていってないじゃん」
「いつでもいいよーってゆみちゃん言ったし」
「社交辞令でしょそんなの。だって、仕事以外で会ったこと無かったじゃん」

余裕の笑みで見つめられて話しながらどんどん頭が混乱していく。
なんだか一人であわててる自分のほうがおかしいのかもしれないとさえ思えてくる。

「で、どっち?」
「なにが?」
「家」

スタスタとやみくもに歩き出す藤本君の後を、
状況を把握するのに精一杯になりながら引き止める。

「ちょっと、そっちじゃないし!待ってよ」
「こっちじゃないの?」
「ていうか自転車だし。いきなりこられても。それに、最終電車なんて卑怯だよ」
「終電だったのはゆみちゃんでしょ」
「そうだけど・・・」
「で、どこよ?自転車」

「・・・帰ってよー。予想外の展開なんて予想してないの」
「あはは。変だよそれ」
「うーん・・・」
「考えてる時間が無駄だよ。とっといで。チャリ」

「二人乗りしようよ、ゆみちゃん」
「えー怖いから嫌だよ」
「平気平気。ほら早く」
しかたなく後ろに乗る。
「どっち?」
「・・・まっすぐ。この先のコンビニでなんか買う」
「りょうかーい」

ふらふらしながら走り出し、
しかたなく、あたしは藤本君の背中に手をまわす。
華奢だなぁ、あの人と違って。

あたしはこれからこの人を家にあげるんだろうか、
あの人しか入ったことが無かったのに。
何で待ってたのは藤本君なんだろう。

「ゆみちゃん」
「なに?」
「俺、ゆみちゃんが好きだよ」
「順番がめちゃくちゃだよ・・」
「あははは」

あぁ、もう混乱したことにしておこう。

「返事はー?」
「・・・えーと。早く帰ってセックスでもしよっか」
「おぉっと!」

急にスピードが増す。かわいい。面白すぎ。
下り坂にさしかかり冬の冷たい夜風に吹かれて目が開けられない。
ともかくこのわけのわからない状況がおかしくて笑う。笑え。笑ってしまおう。

そしてとうとうおしまいに向かう遠い恋に別れをつげるんだ。

シロノア / サエキ