DRUNK!

熱気に噎せ返るパーティ会場。
彼の右手にはカクテルグラス。
左手はひらひらと、絶えず人の肩をたたいたり、大げさなジェスチャーで近くにいる人にぶつかるほどの動きで話しに華を添えたり、もしくは無遠慮に人を指差したりして、とにかくせわしなく、そしてはた迷惑に動きまわっている。
カクテルグラスの中身は、見るたびに色を変えた。
つまり、ハイペースで飲み干して、新しいグラスへと変えているのだ。


彼はよく喋る。
が、ろれつが回らない。
もともと舌足らずなところがあるが、それだけじゃないのは彼を一目見れば誰でもわかる。


「あいつ、相当酔ってるな」
「止めてやれよ、誰か」
「ったく、どーしよーもねぇな」
これは、この会場で彼と初めて会った人たちが持つ感想。


「あいつ、薬飲んできたんじゃねーだろーな」
「飲んできたに決まってる。医者の言うことでそれだけは守るんだ」
「ったく、どうすればいいんだろう」
僕たちが持つ感想は、こっち。


彼はもともと酒に強いはずだった。
それが、こんなになっているのは、明らかに、彼が服用している、抗鬱剤、抗不安剤、もしくは向精神剤とアルコールの相乗効果のはずだった。


「ねぇねぇきみ、ごきげんよう。ごきげんだね。いい日じゃないか。ところで、《よろこび》と《しあわせ》の違いはなんだかわかるかい?」
話しかけられた男は、初対面の彼にこんな風に肩を強く叩かれ、酷く困惑している。
相手にしたくない。
そんな表情が浮かぶが、幸か不幸か、迷惑がられている彼にはそんなことは伝わらない。


僕たち、つまりこんなになっている彼の理由をよく知るものたちは、彼とその相手を引き離そうとしながら、同時に、なんとか取り持とうとする。
酷い矛盾じゃないか。
彼をこの場から切り離そうとしながら、彼をなんとかしてこの場にそぐうようにしようと、やっきになっているんだ。
「ほら、だめじゃないか、そんなに飲んじゃ。おい、タイが曲がってるぜ。トイレに行って、鏡見て直してこいよ」
そんな努力も彼は一蹴してしまう。
「あぁ、大丈夫だ。俺が酒に強いのは知っているだろう?タイか、じゃあとっちまおう。別に構いやしないんだろう?」
そして無造作にそれを首から外し、得意げな顔で僕らを見回し、またさっきの相手に向き直り、大演説を立ち回る。
「さぁ、考えてもみてくれよ。《よろこび》と《しあわせ》の違いだってさ!」


この会場に来て僕は、人間のなにかを垣間見たような気がしていた。
彼を中心に顔を見合わせる、僕らと、この会場で会わなければ一生会うこともなかった他の人たち。
両者は一様に半笑いを浮かべ、当惑しきった表情をする。
同じ表情。
けれど、どちらに属しているかで、その表情の由来の感情はまったく違う。


片や、辛さ、羞恥、申し訳なさ、やるせなさ、そして来なければ、連れてこなければという後悔。
片や、戸惑い、いらだち、面倒、迷惑、嘲笑、そしてどんどんと募っていく怒り。


彼は大仰に人をぺしぺしと叩き、しゃべくりまくっている。
僕はそして今にも彼を殴りつけて、叫びだしたい衝動に駆られている。
「いいかげんにしやがれ、このキ××イ!!!」


「《よろこび》は液体で、《しあわせ》は固体なんだ。“HI-HO!MR J.D.SALINGER,”の言葉だよ!いいことを言うじゃあないか。いや、まったくそのとおりだよ!」
ブランキー・ジェット・シティの“SALINGER”の一節を高らかにうたって、彼はご満悦だ。
僕らの表情は曇り、ほかの人たちはにやにやしながら突っ立っている。


「ブランキーっていやぁさ、あったよな、こんなの」
僕の耳元で友だちが囁いた。
「“ディズニーランドへ”」


 ノイローゼになってしまった友だちが、ディズニーランドへ一緒に行こうと言う。
 彼と一緒にいると辛くて、恥ずかしくて、行く気がないのに僕は、行こうとその場限りの約束する。
 約束を破ったら彼が、悲しくて泣くこともできないだろうことはわかっているのに。
 そんな僕はこうして冷たい人間になっていく。


ベンジーが悲痛に叫ぶようにうたうのは、そんな内容の歌詞だ。
僕はそして、耳を塞ぎたくなる思いでそれを聴くのだ。
だってその「友だち」と彼は、その「僕」と僕は、まったく同じなのだ。


「なぁ、このパーティは楽しいね。俺もこんなのを開きたいもんだ。帝国ホテルあたりを借りきってさ。なぁ、できるんじゃないか。できるだろう?なぁ、しようぜ!」
そして彼は僕の肩をぺしぺしと叩いた。
「あぁ、そうだな。そのうち、きっと、やろうぜ」


僕が救われると思うのは、彼の提案が大きすぎて、彼自身、それをやることができないとわかっていそうなものだからだ。
その場限りで同意しても、それを破ったとして、彼は悲しまないだろう。
それどころか、彼はすぐにこんな提案、忘れてしまうだろう。


けれど、僕はもう、冷たい人間の仲間入りなんだ。
そう、もとから、ね。

くすもと