Love song with requiem

恋人よ、僕は旅立つ。

いつもはとても静かな山内にある一軒の家。
その家の離れにある客間から聞こえてくる大きな歌声。
歌声はやまびこになり、あたり一面に広がって行く。


淡い線香の香りを引き連れて
歌声の主は歌い終えると
満足したような、責任を果たした充実感を
どこかしらに噛み締めて部屋を後にした。



-1999年4月-

青年は島根から大阪へと出た。
教師や友人、知人達の説得も聞かず
知り合いも友達もいない大阪へと出てきた。

青年には不安はなかった。
友達もその日のうちに作り、日々を満喫していた。
ただ、不愉快だったのは
毎日必ずかかってくる母親からの電話。
心配されているのが青年は気に入らなかった。


ある日、青年は母親との電話で
「毎日かけてくるな。」と反発した。
母親はしぶしぶ毎日の電話を辞めた。


青年は故郷や両親を避けるようにした。
自分の信念に弱さを持たせないために。
振り向いたらズルズルと戻ってしまいそうな
自分の弱さに渇を入れるために。

そうして日々を過ごすことで
青年は自信を得ていた。
その自信が確実なものになったころ
青年は毎週母親に電話をするようになった。

心配しなくても頑張っている自分を
知らしめるために。


母親は青年の成長と電話を喜び
青年は心配されないことを喜んだ。



-2001年12月-

青年は今までずっと迷惑をかけていた両親に
親孝行をするため、故郷を離れ大阪へと来ていた。

親孝行の第一歩として考えていた就職。
その就職活動の準備で青年は毎年故郷に帰っていた正月でさえ
大阪に残った。


母親は会えないことを残念がり
青年は就職を決める事に躍起になった。



-2002年2月-

青年はあと一歩で親孝行が始められることを嬉しく思い
忙しいことを理由に母親への電話をしなくなった。

ただ、就職を決めて故郷に帰ったときに
昔は良く家族で行ったカラオケに母親を誘い
一緒に歌おうと思っていた。

ふとテレビで見た「木綿のハンカチーフ」
昔母親が口ずさんでいたことを思い出した青年は
CDを購入し歌えるようになった。
就職を決めて、帰省したとき一緒に歌うために。


母親はそれを知らなかった。
青年は秘密にして驚かせたかった。


忙しい日々を終え
ひと時の眠りに落ちるか否かの狭間。



突然。



青年の携帯電話が鳴った。
母親が倒れた知らせだった。



慌てた帰省。
正月に帰らなかったことを
青年は帰省途中で何度も思った。

病院へと連れられる中で経緯を聞いた。
「蜘蛛膜下出血」テレビドラマの見過ぎだ。
そんなことが現実に起こるとは思えなかった。

病院に到着し病室へ入ると
そこには安らかに眠っている母親がいた。

主治医から
「このまま意識は戻らないかもしれない」
とだけ告げられた。

青年は大阪へ1人で出た。
そしてそこで自信を得た。
その自信は「母親は助かる」と信じさせていた。



-翌日AM 3:00-

母親の意識が戻ったことを
仮眠していた青年に父親が伝えた。

青年は走った。
病室のベッドに辿り着くと
そこには薄っすらと目を開けている母親がいた。
青年が駆け寄ると母親は言った。

「あんた、学校は?」

青年は日曜日であることを母親に告げたが
母親はそれを一向に聞くことなく
「わたしはいいから、学校に行きなさい。」
そう言うばかりだった。


意識が戻らないかもしれないと言われた母親が
意識を戻したことに安心した青年は
大阪へと戻った。

すべては親孝行を実現するため。



-1週間後-

青年の携帯電話が再び鳴った。
父親から一言だけ。
「帰って来い。」
覚悟していたことだった。

再び帰省した青年の前にいたのは
変わり果てた母親の姿だった。

家族で話をし、全員で覚悟を決めた。



数日後、母親は召された。



-2002年3月-

通夜、葬儀を向かえたが
青年は悲しくなかった。
覚悟を決めていたからなのか
その事実を受け止められていないからなのかは解らない。


誰もいなくなった部屋。
青年は線香2本に火を点け、りんを鳴らす。
静かに両手を合わせた。


ふと思い出したように立ち上がり
青年は母親の遺影とお骨を前に声を出した。
果たせなかった想いを寄せて。



恋人よ、僕は旅立つ。



青年は親孝行を始めた。

POSITISM / しのめん