誰より好きなのに
顔の広い同級生から
コンパの人数合わせで呼び出された金曜の夜
最後はお決まりのカラオケだった
その日のコンパは
いつもより人数も多く
忘年会並みの賑わいだった
そんなカラオケの2時間で
すでに姿を消したカップルもいたりして
先を越された感を拭えない私は
残りの面々を横目でチラッと確認すると
「はーい、私いきます!」
と手を挙げた
マイクを取り上げて歌うのは
古内東子の古いヒット曲
気の合う男がいない日は
彼女の曲を思い入れたっぷり歌うのだ
♪やさしくされると 切なくなる
冷たくされると 泣きたくなる
いつものようにしっとり歌って
喝采を浴びながら自分の席に着こうとしたら
そこには寡黙な男が座っていた
彼は戻ってきた私を見るなり
ポツリと言った
「へたくそ」
女としての自信を少々持ち合わせ
コンパでは大抵収穫有りの私が
珍しいことに
誰にも声を掛けられることなく解散になった深夜
私はかなり不本意な気持ちを抱えて
表通りの道路脇でタクシーを待っていた
すると
そこに例の彼がやってきた
彼は「お疲れ」と一言言って
私の横を無表情なまま通り過ぎた
痩せてる割には肩幅張ってる、なんて
妙なところに気付いたものの
すれ違いざまの彼の表情で
さっきの彼の「へたくそ」発言を思い出し
ムッとしながらふと思った
──収穫無しの夜なんて
咄嗟に彼を呼び止めた
「ねえ!」
この不愉快な夜の責任を
「ねえ!」
彼にしっかり取ってもらおう!
「ねえってば!」
5回目の呼びかけでやっと私に振り返った彼は
長めの前髪をうざったそうに掻き上げながら返事した
「何?」
「ええと、良かったら…もう一軒行かない?」
彼は眉を上げると
「何で俺?」と聞いた
それから
「カラオケならひとりでどうぞ」
とツレナイ態度
「な…」
女の私から誘って
こんな風に邪険にあしらわれたのは初めてだった
彼のそんな態度に
怒りにも似た感情が沸々と沸いてきた
──悔しい!
プライドはズタズタだった
気が付くと
彼に向って叫んでいた
「『へたくそ』って言ったじゃない!」
何が悔しくて深夜のカラオケ
狭い個室に好きでもない男とふたりで
すっかり飽きた古内東子を延々と歌っている
「これも歌ってみて」
相変わらず無表情なままの彼が
次に歌う曲をリモコンに入力した
彼の様子を伺いながら思った
──今夜の収穫は最低だ
どうしてこんな男に声掛けた?
プライドをズタズタにされてかなり不機嫌な私は
感情丸出しで歌詞集を放った
「あなたが歌えばいいでしょう!」
彼はそんな私には目もくれず
床に落ちた歌詞集を拾うと
「遠慮しておく」
と冷たく答えた
彼はこんな風に
なかなか私には態度を軟化させないのだった
──こんな筈じゃ…
彼をこっそり睨みながらも
今まで付き合ってきた男とは
彼はどこか違うと実感していた
そんな男に
この不愉快な夜の責任を
取らせようと思った自分が馬鹿だった
──もう嫌、帰りたい…
泣きたい気持ちを抑えながら
意地張って無理して歌ってる自分がやけに切ない
すると、突然彼が拍手した
「え…」
驚いたのは拍手より
彼が初めて笑ったことだった
「お疲れ」
彼はそう言うと
私に握手を求めてきた
「え…」
差し出された彼の右手が大きかった
その手に自分の右手を差し出すと
なんだか胸が熱くなった
「お疲れ…さま…でした」
手を離すと
我慢していた涙がほろりとこぼれた
彼が心から褒めたのかどうかはわからない
もしかしたら
単に早く引き上げたかっただけかもしれない
彼との握手の意味を
そんな風に素直に受け取れない自分だけれど
笑った彼に
「切なかった?」
と聞かてドキッとした
今まで出会った誰より彼が一番素敵に見えた
♪やさしくされると 切なくなる
冷たくされると 泣きたくなる
──ああ、そうか、そういうことなんだ
さっきまで自分が歌っていたバラードの
せつない歌詞を思い返した
彼の聞いた切なさと
私の感じた切なさは
微妙に違っていそうだけれど
優しいのか冷たいのか全然わからない彼に
いつの間にかそんなせつなさを感じ始めていた
振り返ってみると
最初から彼のペースにはまっている…
──なんて男だろう!
プライドを再びズタズタにされながらも
「うん」
と答えた私は
そんな彼のことを
誰より好きになりそうだった