affection for…

会えなかったあの日から1年が経っていた。

外では秋雨が降っている。
ユウヤのことを思い出して手紙を綴っていく。


『会えない日々をとても長く感じていたのは
あなたと会える時間が待っていたからなのですね。
本当に会うことができなくなってしまった今となっては、
1日1日が本当にあっという間に過ぎてしまいます。

1年間という時間もとても短くって、
あなたと会えるはずだったあの日のことが
まるで昨日のことのように思い出されます。

あれ以来、いろんな人が励ましてくれて、
いろんなことが目まぐるしく変わっていきました。
でも、変わらないものも1つあるようです』


そこまで書いて、ハルカは一度ペンを置いた。
立ち上がり窓のそばに向かって歩く。
西の方に少しだけ太陽の光が見えた。
少しだけ震える手で窓を開ける。
霧のような雨が少しだけ濡らした頬を、
あふれ出た涙がその上を一つ、伝った。


 ◆ ◆ ◆


「いよいよ明後日だね」
電話口から聞こえてくるハルカの嬉しそうな声に
ユウヤもまた心を弾ませて応える。
「2ヵ月、ホント長かったよぉ。すっごい楽しみ!」

いわゆる遠距離恋愛、というやつだった。
3歳上のハルカはユウヤより一足早く就職をして、
半年前に東京を離れた。
それ以来、二人の間にはこれといった問題もなく、
その恋はどこまでも続いていくように思えた。
実際ハルカもユウヤも、
もう次の恋なんてものはないとさえ考えていた。

「明後日たくさん楽しめるように、
明日は電話しないでおこうか」
ユウヤは最後にそう告げると、ハルカはうなずき
それから二人は電話を切った。


 ◇ ◇ ◇


お盆に帰省した時以来、久々のデートだった。
ハルカが今日買い物に出かけたのは
そのデートのためで、全てユウヤのためだった。

会えない日が続くと、時々すごく不安になって、
夜中に電話をかけてしまったり、
一人で泣いてしまうこともあった。
大切に想ってくれる気持ちは電話を通しても伝わってきたけれど、
それは氷がフワフワと浮かぶように不安定で、
どことなく温度が低く感じられるものだった。


──抱きしめてくれればこんな不安、すぐに吹き飛ぶんだから。

そう思い続けて乗り切った2ヵ月という時間。
ハルカにとっては永遠に等しかったその長さが、
デートのための服を選ぶ、という行為を
何倍も楽しいものに変えてくれていた。


 ◇ ◇ ◇


金曜日は昼前に必修の授業が入っているから、
わざわざ携帯で連絡を取らずとも
クラスの友達と昼休みを過ごせる日だ。
週末という解放も目前だということもあり、
ユウヤは金曜日がとても好きだった。


──明日やっと会えるんだなぁ。

友達の話に適当に相槌を打ちながら
翌日のデートに想いを馳せてみれば
目の前に立ちふさがる午後の授業はとても鬱陶しく、
知らぬ間に友達にサボりをそそのかしている。
「カラオケでも行かない?」
友達の一人が怪訝そうにユウヤに言う。
「お前がサボろうだなんて珍しいな。なんかあった?」
特に何もないと答えようとするユウヤを遮って、
別の友達が口を開く。
「こいつ明日、遠距離の彼女とデートなんだってよ。
だから今日は授業どころじゃないの」

そうして自分の恋愛話で盛り上がり始めた友人たちを見ながら
ユウヤはまたハルカのことを考えていた。


 ◇ ◇ ◇


買い物を終えたハルカは一度部屋に戻り、
そしてまた慌しそうに飛び出して、
今度は美容院に向かう。

髪型や服装が少し変わっただけでも、
ユウヤは必ずそれに気づいてくれたし、
いつもいろいろな言葉でほめてくれる。
そのことがハルカにとってはとても幸せなことだった。

──明日、ユウヤはなんて言ってくれるかな?

そればかりが頭の中で繰り返されて、
明日やってくるであろう幸福が
ぼんやりと形になり始めていた。


 ◇ ◇ ◇


まるでスローのコマ送り映像を見ているようだ、
とユウヤは考えていた。

午後6時過ぎまで遊んだ後、友達は
「俺らこれから飲み行くけど、ユウヤは行かないよな?」
と言って、返事も聞かずに居酒屋に向かってしまった。
ユウヤは気をつかってくれた友達に感謝して
早めに帰宅して明日のプランを練ろうと決めた。

まだ帰る途中、信号は確かに青だった。
でも、目の前には猛スピードの車が迫ってきていた。

運転手の顔がはっきりと見えるほどに
全てがゆっくりと動いていた。
不意にハルカの笑顔が浮かんだ直後、
誰かの叫ぶ声が聞こえて耳に入る。


──ハルカ、会いたかった……。

大好きな笑顔がぼんやりと遠ざかって
目の前が赤で染まり、やがて黒に変わってゆく。
身体が引きちぎれるような痛みはやがて薄れ、
そしてその痛みも、何もかもがが消えていった。

──会いたい。

ただ、その想いだけを残して。


 ◇ ◇ ◇


──昨日は電話我慢できた。偉いぞ、私。

準備万端、出かける支度は完璧だった。
新幹線の時間には十分間に合う時間だったが、
気持ちだけは焦って、急いでしまって、
ハルカは家を飛び出した。
遠足の日の小学生みたいに、満面の笑みで。

名古屋駅に着いて、バッグから携帯を取り出そうとする。

──せっかく昨日我慢したんだから。

──でも、メールくらいならいいかな。

相反する2つの感情がハルカの中で綱引きを続けていた。
しばらく迷ってからユウヤの言葉を思い出す。
「たくさん楽しめるように……」
取り出しかけた携帯をまたバッグに押し込む。

そうしてハルカの想いは、より一層強まる。

──早く手をつないで一緒に歩きたいよ。


 ◇ ◇ ◇


午後0時半、東京駅銀の鈴広場。
ハルカと約束した時間、待ち合わせた場所。
のぞみ210号は東京駅に到着したばかりで、
何も知らないはハルカはきっと無邪気な足取りで
たくさんの人で溢れるこの場所に向かっている。

でも、ユウヤはそこで待っていない。
その場所に現れることすらできずにいる。


 ◇ ◇ ◇


そわそわして時間を確認する。
そこに着いてからもう何度目だろうか。
午後1時5分前、辺りを見渡すけれど
ユウヤは見当たらない。


──遅刻かな? 珍しいな。

目の前を通り過ぎる人の顔をいちいち確認してしまう。
楽しみからくるドキドキが、嫌な感じに変わる。
心臓の鼓動とともに、人混みが大きく揺らぐ。

──怒ってなんてないから、早く来てよ。

そう思って携帯を取り出そうとしたときに
「Song for…」のメロディが流れ始めた。
それはユウヤ専用の着信音だった。
ハルカの中の不安な気持ちはすぐに消え、
一言怒鳴りつけてやろうかとでも考えてしまう。
鳴り続ける音楽に周りの人の視線が集まる前に
ハルカは電話に出た。

だが聞こえてきた声はユウヤのものではなかった。
言葉を発することもうなずくことも出来ずに、
ただユウヤの母親の話を聞いていた。

心臓がまた大きく鼓動して、目の前の景色が歪む。
足元から力が抜けていき、
ハルカは倒れこむように手近な柱にもたれかかった。
何も考えることができなくなっていた。


 ◆ ◆ ◆


上空の雲がすごいスピードで流れていた。
もうすぐきっと晴れることがわかる。
窓は開け放したまま、
ハルカはもう一度テーブルに向かいペンを取る。

──きっと、これだけは何も変わっていない。

そう思って手紙の続きを綴る。


『あなたはこんなにも早く逝ってしまったけれど、
世界中、たくさんの人がいる中で
あなたを好きになってよかった、
あなたと同じ気持ちになれて本当に幸せでした。

今すぐにでも会いに行きたい気持ちはあります。
でも私はあなたのことを想いながらもう少し生きて、
それからきっと、会いに行きます。

いつか久しぶりに会えたら、
会えなかった何年分もほめてください。

……愛しています。
きっと、これからもずっと』


宛名を書かないその手紙を書き終えて、
ちらりと時計に目をやる。
雨がやみ、陽の光が射し始めた空を確認して
いつかのように慌しく部屋を飛び出した。

白い便箋をしまった真っ白な封筒は
二人が笑う写真の前へ置いて。

World With Words / Tomo