サウダージ

あなたとつきあい始めてもう2年。初めの頃のときめきが徐々に薄れてきたのかしら、最近のあなたはちょっと冷たい。
もう一度あなたをときめかせたい。輝くふたりに戻りたいの!
そしてわたしはダイエットをはじめたの。お菓子もやめたわ。午後ティーだって我慢する。ナイトキャップのウィスキーもそのままシンクに流したわ。

ーその日までさよなら

わたしの隠れた決意から一週間。今日はわたしの部屋でふたりで一緒にお食事。だって外食するとカロリー高めだし。それに、わたしはダイエット中で食べられないけど、あなたにはわたしの手料理を味わってほしいから、あなたの好きな肉じゃがを、たくさんたくさん作ったわ。
「ねぇ、どう? おいしい?」
あなたはテレビの野球に夢中。向かい合って食卓に座っていても、あなたの首から上は、わたしの方を向くことはないの。
『打席には四番金本。さぁ上原、ここはしっかり抑えたいところです!』
わたしが作った肉じゃがを、ただ機械的に口に運ぶあなた。
「ねぇ、どう?」
「ん? あぁ、うまいよ、うん」
気のない返事。初めてわたしが肉じゃがを作った2年前、涙を流して食べてくれたあなたと同一人物とは思えない。

ー涙が悲しみを溶かして溢れるものだとしたら

あの時は悲しかったのかしら。もしかして不味かったのかしら。今は涙を流さないってことは、もしかしたらおいしくなったからかもしれないわ。そうよそうよきっとそうよ。
あなたは変わらず野球を見ながらどんどん食べる。わたしはダイエットしてるから食べられない。そのままだと間が持たなくて、いつも以上にあなたに話しかけるの。ねぇ、いっぱいお話ししよう。これからのふたりのこと、話したいの。
「ねぇ、今度の休みにさぁ」
「・・・」
「どっか遊びに行こうよ。あたしドライブがいいな」
「・・・」
「ねぇ、たとえばさぁ・・・」
「うるせーなぁ、ちょっと静かにしろよ。お前いつからそんなお喋りになったんだよ」
「・・・」

ー海の底で物言わぬ貝になりたい

あたしは何をやってるんだろう。あなたは何をやってるの。
もうあの頃のふたりには、戻れないの?

ーあきらめて

 そんなのいやよ

ーあの人に伝えて

わたしをもっと伝えたいの、この気持ちを
「ねぇ・・・」
「ちょっと黙ってろって」

ー淋しい・・・

テレビがCMになった。あなたがこっちを向き直る。
「んで?さっき何言いかけたの?ドライブ?」

ー大丈夫!

「うん!」声が弾むのが自分でもわかる。
「わりぃ、先月駐禁ひっかかってさー、点数オーバーで免停なんだわ。
 また今度な」

ー淋しい・・・

「それじゃさ・・・」
ドライブじゃなくても、映画とか、ショッピングとか・・・
小さな声になってる、わたし。こんなことじゃだめ。元気を振り絞って伝えるの!
「どこか行こうよ」
あなたはまた、テレビに釘付け。CMはとっくに終わって、また野球に戻ってる。
「ねぇ・・・」
「だからちょっと黙ってろって。さっきも言ったじゃん」

ー繰り返される よくある話

もういいわ・・・あなたの気持ちはもう分かったわ。

ー青い期待がわたしを切り裂くだけ

わたしはあなたのために作った肉じゃがを、今日初めて頬張った。口の中いっぱいに。
 「不味・・・」
ダイエットしすぎで体質でも変わったのかしら、味が変・・・
こんなものを知らん顔して食べているなんて・・・あなたって・・・

ー許してね

やっぱりあなたってやさしい人ね。いいわ、この肉じゃがはもういらないの。
わたしにはあなたのそのやさしさがあればいいの。

わたしはあなたとはぐれるわけにはいかないの。

東京アワー / さくらいく