群青の華

18でお師匠さんに強引に弟子入りして、今年で早8年。
私は有田焼の絵付け師をしている。
私は未だに合格を貰った事がない。

そもそもの始まりは修学旅行だった。
女子校のくだらない、高いホテルに泊まるだけの旅行。
20万も国内で使うなら、海外に行かせてくれればいいのに、
と当時友達と不平不満を垂れてばかりいた。

九州を巡る旅は4日間。
長崎・阿蘇・太宰府など様々な土地の
様々な歴史と文化に触れる度、
私も友人達も、不満を言わなくなった。

最終日、山深い有田の町に私たちのバスは止まった。
香蘭社赤絵町工房。
絵付け師さんが絵付けをする様子を、
上の喫茶店から眺める事が出来る。
見学しているうちに、鮮やかに引かれる群青に引き込まれた。
深い青、淡い青、一回の筆遣いでさらさらと描き分けて、
そこに華が生まれた。
見事だった。

修学旅行から戻った後も、その青い華が頭から離れなかった。
元々絵画教室に通い、水彩画を描いていた私は、
あの華を自分のものにしようと、
何枚も何枚も紙を使って、青の絵の具を薄めて、
記憶の中の青い華を再現しようとした。
そして、挫折して気が付いたのだ。
あの華は、陶器の上で顔料を使って描かなければ、再現出来ないと。

すぐにでも窯元に弟子入りしようとする私を、
両親は高校だけは卒業しなさい、と引き留めた。
大学までエスカレータで行けるのが売りの女子校で、
進学しない、絵付け師になる、と言ってきかない変わり者は私だけだった。
担当も匙を投げた。

そして18の春、私はようやく有田に戻ってきた。
まだまだ女性の絵付け師が少ない中、
私は本当に土下座までして今の窯元に入れて貰う事が出来た。
3年はほとんど先輩の真似をするばかりで、
4年目から民芸品の絵付けを任せて貰える様になった。
それでも、そば猪口に兎など簡単な絵柄を描かせて貰えるだけで、
あの華のような大胆な、精巧な絵柄を任せて貰えるにはまだ遠かった。

大皿を見る度に、あの華を咲かせてみたくて、
一人無意識に腕を動かしている。
今日も仕事を終えて、白い大皿を眺めていたら、
「お前の中に棲んでる何かを、今すぐ消してしまえ」
と師匠が近づいてきて言った。
「それがお前の絵付け師としての成長を止めている」
「あの華が」
「有るものを超えないと、それ以上のものは描けん」
あの華を頭から消し去る。
それはとても難しい事の様に思えた。
ただ、それだけを追ってここまできたのだから。
でも、師匠の言う様に、私はあの華に囚われ過ぎて、
前に進めなくなっている様な気がするのも事実だった。
「では、一度だけ、あの華を描かせて下さい。
満足のいくものが出来たら、私はあの華を忘れる事にします。」
師匠は頷いて、大皿を一枚、私の前に置いた。
「何枚でも描け。」
そして師匠は去っていった。

私はこの8年間で得たものを全てつぎ込んで、
あの華を再現しようとした。
6枚、7枚、上手くいかなくて、
花びらの淡さ、濃さ、あの筆遣いを、もう一度、この皿の上に。

「出来た・・・」
それはあの華そのものだった。
濃淡の美しさ、迷いのない筆遣い。
じっくり検分しながら、確かめる。
そして、満足がいく出来だと、確認し終わり、
私は作業台から、その華を落とした。

monochrome / tomoakira