ノンフィクション

「大丈夫、すぐに忘れるから」

宮崎には僕の女神がいた。
父親の妹の娘、僕からみて7つ年上の女子で
言ってみれば僕の初恋だったんだろう。

小学生の頃、一緒にお風呂に入れてもらった。
初めて女子とお風呂に入ることに照れを覚えたのはその時だ。

彼女の体を、直視はできなかった僕はその晩、偉く興奮していた。
子供特有のマスターベーションに対する罪悪感と、「好きな子は汚さない」
というルールを初めて適用し、彼女の事を想像して行為に及ぶことはできなかった。
そんな女子は最初で最後だろう。
そんな、とてつもない強いあこがれを持っていた。

小学6年生の時、僕は一人で宮崎へ行った。

空港まで迎えに来てくれるのは彼女だと言うことで胸を膨らませていた。
予定より1時間遅れてやってきた彼女は「ごめん、昼寝しててさ」と最高の
笑顔で謝ってきた。その隣には見知らぬ男がいた。

その瞬間に僕は何かを察していたがまあ、そんなもんかもなと思っていた。
その男の運転する車で移動し、その男の家に忘れ物を取りに行ってから
父親の実家に連れて行ってくれるという。
嫌な予感は的中ってところだ。

その家ではその男が「ねえ、君、これいるかい?」と笑いながら
何かを差し出してくる。彼女はそれを笑いながら制する。
コンドームだ。
そんなものくらい東京の小学生の僕はとっくに知ってる。
だけどそれを知らないフリをするのが小学6年生の親戚としての僕の仕事だと
瞬時に判断し「なにそれ?」と答える。
男は笑いながら「消しゴム」と答え、次の行動に移る。

まったくにも嫌な気分だった。

それでも僕は中学3年まで毎年夏には宮崎に行っていた。
彼女の恋人と会ったのはその時だけだ。
続いてるのか終わっているのか、変わったのかも僕は知らなかった。
中学3年の夏にはたくさんの話をした。
いっちょまえの事を言えるようになったもんだと彼女は僕を笑った。

翌年、元旦。年賀状が届いた。

「結婚しました。」

だそうだ。
こんなもんかと鼻で笑って僕は高校受験の準備にとりかかった。

第一志望の大学付属の進学校に合格し、その冬に童貞を失った。
僕のあふれていた恋心や妄想なんかは次第に、胸の揉み方や服の脱がせ方、
それから女子を誘う甘い言葉なんかに変わっていき、それに夢中になっていた夏、
今年は宮崎になんていかないな、って思っていたときにまた葉書が届いた。

子供が生まれました。

ああ、そういうことか。所詮そんなもんか。
そうやって思っていたはずなのに不思議と泣けた。

翌年、両親は離婚し、母方について行った僕は父方の親戚とは連絡を
取らなくなった。僕は25になってセックスのことを全部知ったような気に
なっていて、体験人数が何人だよ、なんて偉ぶっていた。
そんな僕をあざ笑うように久々に彼女の話が僕のところにやってきた。

彼女が死んだ。

僕の中ではとっくに彼女は死んでいたはずなのに、とてつもない感情に襲われた。
彼女にもう会えない、そんなことが辛かったんじゃない。
彼女を抱くことは決してあり得ない、そう確定したからだ。

僕はいつか、どんな形かで彼女を抱くことを想像していたんだろう。
どんなに現実に追われ、知識と経験を得ていても、それでもなお僕は
彼女を想像の世界の中に閉じこめていたんだ。

そして今年、久々の宮崎を訪れ、彼女の話を聞いた。
彼女と会わない10年間の間に、彼女は汚れ、あさましい暮らしをしていたそうだ。
死因まで汚らわしい物だと親戚一同が彼女を小馬鹿にする。

違う、小学6年生の頃から僕は彼女が汚れていたことを知っている。
だけど、彼女は「自分に正直に」生きていただけだ。
その生き様に憧れ焦がれ、僕はここまで暮らしてきた。
自分に正直に生きること、それが僕の正義であると今も胸を張って言える。

世間がそれをよしとするかしないかなんてどうでもいい。
己の人生、どうやったっていいよね?
世間が決めるその汚れってやつはとても純粋で素直で繊細で、とても愛おしい。

その愛おしい汚れを散々纏った彼女を僕はとても愛おしく思っていた。
悲しいかな、彼女は僕を弟のようにしか思っていなかっただけで
僕は中学3年の夏、彼女を抱きたいと常々思っているって伝えたんだ。
彼女の生き方の話や、小学6年の夏のコンドームの話。

彼女は言った。
「気楽にいけばいいじゃない。生きていたっていつか忘れちゃう。
 死んだときには全部なくなっちゃうし。
 ほとんどのことは時間は解決してくれるから、大好きな人を泣かせない程度なら、好きに生きなさい。
 大丈夫、すぐに忘れるから。」

お姉ちゃん、君のいない世界は笑っちゃうくらいに何も変わらないよ。
久々に会ったばあちゃんは相変わらず人の悪口を言うのが仕事みたいだし、
親戚もみんな10年前より見た目が老けたくらいにしか変わらないよ。
僕は相変わらず女子に甘い言葉を吐いて安いセックスを重ねている。
でもね、そんなのどうでもいいよね。すぐに忘れていくんだよね。

この宮崎は笑っちゃうくらいに古くさくて自然ばっかりで、最高だね。
今年の夏も暑いね。

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