未来予想図

有名すぎて逆に見ないかもしれないけれど、ワタシはとても好きだわ。
そう前置きをした後で、彼女は笑顔でピカソについて語り始めた。

パブロ・ピカソ。
1881‐1973を生きた20世紀の巨匠。
91歳で没するまで、生涯を通じて新しい表現を求め続け
その制作分野は、絵画、版画、彫刻、陶芸と多岐にわたった。
80歳のときに、40歳以上も年の離れたジャクリーヌ・ロックと結婚し
晩年の作品には、ジャクリーヌの相貌を持つ女性像がしばしば見られる。

僕がピカソについて知ってる知識はその程度でしかなく
彼女が前述したように、有名すぎるその名前だけでオナカいっぱいの僕は
美術の授業でしか彼の作品を観た事がない。

「ワタシもね、直接この目で見るまでは興味を持たなかったわ」

本で見る作品と直接この目で見る原画は、別作と言ってもいいほど感動が違うのよ。
そう言って彼女はうっとりとした顔をして、また笑った。
僕はいつだってこの笑顔に散々ダマされてきてるワケで。
それを彼女が自覚してるかどうかは知らないが、この笑顔には誰だって叶わないと思う。

「山口県立美術館で、パブロ・ピカソ展があるのよ」

彼女がそう切り出したのは、暗に連れて行けという催促でしかないわけで。
そうでなければピカソに興味のない僕と行くよりも、興味のある誰かと行けばいい話。
僕が彼女を好きな事に気付いてて、彼女はいつだって上手にはぐらかす。
諦めようと必死に頑張ってる時に限って、こうやって誘いの電話をよこすんだ。

午後3時のドトール。
ニコニコ笑う君と、物憂げな僕。
勝敗は誰の目にも明らかで。

「で、いつ連れてけばいいワケ?」

手帳を出して予定表を捲りながら、僕は降参の意を告げる。
どうやっても勝てないと踏んでしまったら、素直に負けを認めるしかない。
グダグダ悩むよりも、一緒に山口まで旅行に行ける事を喜んだ方が前向きだ。
すると彼女は嬉しそうに予定日を告げた。

「ワタシの来年の誕生日がいいな」

誕生日は彼氏としか過ごさないの。
そう言ってた彼女の笑顔がフラッシュバック。
予定表を捲る手が止まる。

「ピカソ展はね、2005年の1月6日から3月13日までなんだって」

俯いて言葉を繋ぐ彼女の瞳が不安に揺れる。
それって、つまり。

「・・それがパパとママの始まりなの?」
腕の中から一生懸命に僕を見上げる少女。
「だからウチにはピカソの絵があるんだー」
満足気に笑う笑顔は、彼女にソックリで。

「由衣、ドーナツ出来たわよー」
キッチンから聞こえる母親の声に反応した少女は
僕の腕の中からスルリと抜けて彼女の元へ向かう。

山口が彼女の地元だなんて聞いてなかったな。
ましてやここに住む事になるだなんて、あの日は思いもしなかった。
そう思いながら煙草に火をつける。

ゆっくりと吐き出された煙の向こうには、今日もジャクリーヌが微笑んでいる。

stushy / 藤生アキラ