愛媛
「今週、金曜日に東京へ行く事にしたけん」
そう親友の瞳に話をしたのは月曜日だった。
きっかけは色々あった。
「何でそんな急なん?」
驚いた様子の彼女がそう口にした。
言い訳のように口にした理由はたくさんあった。
でも本当は逃げ出したかっただけだった。
ここから。
今の自分から。
何もしない現状から。
「そうなん。まぁ、元気でやりーよ。たまには電話しといでよ。待っとるけん。」
一通りの言い訳を聞いて彼女はそう言った。
「うん。ありがとう。」
その後は他愛の無いお互いの近況を話、電話を切った。
部屋は、それまでちゃんと収まっていた場所から引っ張り出された服や本などで足の踏み場もない。
捨てる物。
置いて行く物。
連れて行く物。
その山を見ながらタバコをふかす。
間違ってない。
立ち止まってはだめだ。
振り返ってはだめだ。
もう決めた事だ。
そう繰り返す。
呪文のように何度も何度も繰り返す。
諦めてはいけない。
今が最後のチャンスかもしれない。
人生の転機はいつ訪れるか分からない。
その転機を掴む事は、何かを捨てる事になると解かっていても私は選んだのだから。
私はタバコを消して、ダンボールと山に向かう。
この選択が正しいとは思っていない。
寧ろ、間違っていると自分でも解かっている。
けれど、チャンスを掴む事を選んだ事は間違っていないと確信している。
大事な事はたくさんあるけれど、私は自分の人生を選んだ。
単調な作業を続けながら私は呪文ように、ここを出て行く事を正しいと自分の心に言い聞かせる。
そうする事で余計な事を考えないようにしていた。
単調な作業を繰り返す。
火曜日も、水曜日も、木曜日も。
間違っていないと、立ち止まってはいけないと、何度も何度も心の中で繰り返す。
自分の心が揺れている事に気づかないふりをする。
手にしたい物がある。
どうしても欲しい物がある。
振り払ってきた想いを再び心の箱から出さないように繰り返す。
何度も何度も心の中で同じ言葉の羅列が響いていた。
金曜日。
住み慣れた家を出る。
とりあえずの荷物を詰めたリュックは私の心の重さに感じた。
詰め過ぎたか・・・
苦笑いを浮かべ、私はリュックを背負う。
幼少の頃から住んでいた部屋。
壁の落書きも、友達と背比べをした柱も置いて行く。
もうここには帰らない・・・
靴を履きながら、また呪文のように繰り返す。
間違っていない。
立ち止まってはいけない。
顔を上げ、ドアに手を伸ばす。
「またか・・・」
外は雨だった。