山越

うどんとか、香川とか聞いて思い出すのは
人生を勢いだけで駆け抜けてた、高校卒業間際の出来事。

その日も僕はいつもの店で働きながら、君が来るのを待ってた。
付き合い始めて1週間の彼女は、年を誤魔化してキャバクラで働いてて
仕事が終わると、いつもこの店にコッソリとやってくる。

メンズバーと打ち出されたこの店は、ホストクラブの出来損ないのような店で。
店員は若い男の子のみで構成され、客はほとんどキャバ嬢や大学生で成り立ってる。
出来損ないのような店と言ったのは、ホストのように甘い接待をするわけでもなく
単純にメンバーが男の子で構成されてる部分しか同じではないからだ。
ホストクラブと違って費用も安く済み、飲み放題で1時間1000円プランも余裕。
当然、働いてるメンバーの給料も安く、働いてる側も大学生やフリーターが多い。
僕がそこで働いてたのは、単に叔父が経営してる店だったからに過ぎない。

店内に設置された時計が、朝の3時を回る頃に、彼女はやってくる。
そしてこの店が5時に閉店した後、一緒に帰るのが日課になってた。

「おいしいおうどんが食べたい」

この一言で、こんな時間から香川に行く事になるとは思わなかった。
冗談だろうと思ってたその言葉は、冗談でも嘘でもなく。
彼女は車のキィを器用に弄びながらニッコリと笑った。

午前5時の駐車場。
運転席には僕。
助手席には彼女。
後部座席には彼女の友達カップル。

「免許取ったばかりだし、レンシューとでも思えばいいのよ」

そう言って後部座席のカップルがクスクス笑う。
確かに免許は持ってるし、無免許運転してた事もあるし、慣れてるとは言え
バイトでお酒を飲んでる上に、助手席には彼女、後部座席にはカップル2人。
高速で行くんだから、事故ったら大惨事になる事はミエミエだし、シャレにならない。

「車、虐めたりしないでね?」

彼女の車は、彼女がとても大切にしている、白のS-MX。
車内にはゲーセンで一生懸命に取ってたこげぱんのぬいぐるみがゴロゴロ。
車を虐めるとか言う以前に、コレは僕を虐めてる事にはならないのか。

そんな事がチラリと頭を掠めたが、もうどうにでもなれ!と思った。

大音量で車内に流れるポルノグラフィティのアゲハ蝶。
GOGO!7188のこいのうた。
飲んでいいよーと、後部座席から差し出されたのはZIMA。
オツマミもあるよーと助手席で君。
バックミラーにデカデカと映るこげぱんのぬいぐるみ(しかもデカイ)

こんなんで、良く捕まらなかったと今更ながらに思う。

そんなこんなの1時間の運転を経て、辿り着いた香川のうどん屋、山越。
予想はしてたけど、朝の6時過ぎじゃ開いてねぇー。
営業時間を見ると8時半からになってるし。
とは言えここは結構な有名店で、9時を過ぎると長蛇の列になる。
仕方ないから店の前で待とうかという結論になり、店の前に腰を下ろす。
ぼんやりと朝焼けを眺めながら、何やってんだろーなーと思った瞬間だった。

「たまにはこんな日があっても、いいじゃない?」
そう言いながらニコニコ笑う彼女。
それだけで、何となく、いいような気がした。

お店がオープンと同時に中に入り、かまたまを頼む。
何度来ても、やっぱりここのうどんはウマイ。
庭にしゃがみこんで、みんな終始無言でうどんを食べる。
ちょっと異様な光景に見えるかもしれないが、それはそれでオツなものだ。

嬉しそうにうどんを食べる彼女を見てると、欠けてたピースが、ピタリとはまった気がした。

帰りは僕らが後部座席。
大音量で車内に流れるポルノグラフィティのアゲハ蝶。
GOGO!7188のこいのうた。
さすがにもう飲んだり食べたりする気力がないほどにオナカはいっぱい。

飲酒運転なんて、絶対にやっちゃいけない事だと思う。
(法律云々よりも大切な人の命に関わる事なんで、良い子は絶対にマネしちゃイケません)
うどんを食べる為だけに香川に行き、食べてすぐ帰るだなんてアホだなぁと、ちょっぴり思う。

それでも、僕は、この日々を忘れない。

うどんとか香川とか聞いて、真っ先に思い出すのは
いつだって甘くて切なくてホロ苦い、君と過ごした日々。

いつか君より大切な人が出来たら。
僕はそのコと一緒に、また山越に行こうと思う。
懐かしい、あの日の話を車内で語り合いながら。

stushy / 藤生アキラ