狭間の地

私はその古い古い縁の街にいた
古風な街並みを歩き
多くの神社仏閣を参拝し
時折心に暖かさを感じながら
その街にいた
何年ぶりかであろう街は
なぜか心に優しい風を送り込み
ただただ一人ゆるゆると歩いた
今という匂いを漂わせつつ
縁の思いの揺らぐ街
私はここで生まれたのだと
覚えてはいないがここが私の街だったと
母に教えられたのはいつだっただろう
記憶にはないそれでも体は覚えていたのか
懐かしいという思いが私を包んでいた

ひとしきり歩き時は過ぎ
あたりに闇が訪れた
本来ならば疲れてもおかしくないほど歩いたはずだが
私は疲労を感じることなく夜の街を歩いていた
心躍ると言うのだろうか
幼い子供のように心は踊っていた
気が付けば暗がりの川端を歩いていた
こんな場所が残っているとは思わなかった
およそ時代劇に出てきそうな風景
柳が風に揺れ微かに川のせせらぎが聞こえる
時代劇であれば辻斬りでも出そうだななどど思いつつあたりを見回す
小腹のすいた私を待ち構えていたのであろうか
それこそ時代劇に出てきそうな蕎麦の屋台が眼に入った
提灯の明かりに今にも蕎麦の香りがしそうな湯気
無骨ながらも味のある木組みの屋台であった
私はふらりと時代を感じさせる暖簾を潜り
その屋台の椅子に座る
「へい らっしゃい」
威勢の良い大将の声と蕎麦の香り
私の腹は待っていたとばかりに音をたてた
きつね蕎麦を注文し一息つくと
隣で蕎麦をすすっていた老人が汁を飲み干し
丼をトンと置き声をかけて来た
「旅の方ですかね?」
好々爺の表現が相応しい
人の良さそうな老人であった
「はい 有給の消化がてらの一人旅ですよ」
出されたお絞りで顔を拭きほぅと一息つき答えた
「良い所でしょうここは
長年住んでおりますが心やすらぐ風情というか
こりゃすいません
どこでも住むものには良い所ですわな
歳をとると自分の土地自慢がついついでてしまいますよ」
「いえいえ良い所ですよここは
私はここの生まれらしいのですが
覚えていないはずなのに懐かしい思いにかられて
気が付けばこんな時間までうろうろしていた始末で」
「へい おまちどう」
大将の声と共に美味そうな香りをたてた丼が目の前に置かれる
「おっと出来たみたいですな
道行さん・・・ああこの店主の名前ですが
この人の蕎麦は美味いですよ
熱いうちにささっと頂いてくださいな」
まるで自分のことのように言う老人の満面の笑みに
期待に包まれ箸に手を伸ばす
「では失礼していただきます」
その蕎麦は美味かった
初対面の老人が見ていることなど気にもならずに
その蕎麦に集中したそれほどに美味かった
御絞りで汗を拭き
空になった丼をトンとだいに叩きつけ
「こんな美味い蕎麦は食ったことがない」
心からそう言葉が出た
「でしょう私も気が付けば食べに来てしまいますよ」
確かに美味かった
私が地元の人間なら足げに通ったであろう
そこで感じる違和感・・・・
視界が少しだけ揺れた


・・・・・蕎麦は美味かった
しかし・・・・・・なぜ気が付かなかったのだ
なぜそれが分からなかったのだ
確かに人の顔に見えていた
頑固そーでそれでいて人の良さそうな顔だったはずだ
けっしてひょっとこの面などつけてはいなかった・・・
大将の方を見て凍りつく私
「やっと気付かれましたか」
老人が優しく言葉を紡ぐ
大将が面に手を伸ばしゆっくりとそれを外し
「油一郎さん
混じり者ですゆえ
感覚が戻るのに時間がかかりますな」
口のない顔からその言葉は紡がれる
いや口だけではないそこには全ての器官がなかった
しかしなぜだ・・・・・それは普通にかんがえれば恐ろしいはずだ
なぜだなぜ懐かしい
混じり者とはなんだ?
私は・・・・・・・私は
混乱する私に老人は優しく声をかける
「あなたの父もここの出ですよ
人は我等のことを妖怪などと呼ぶものです
ここは懐かしいでしょう
やさしくあなたを包むでしょう
ここは十一条あるはずのない場所です」
そんな老人の言葉
なぜか私の頬を涙が伝う
体の中の何かが振るえ声を上げる
声が記憶が全てのものが駆け巡る
そう全てがわかった
私が人を嫌う訳も
ここに来たかったその訳も
人ではない
人をそして自分の種を守る者
縁より築かれし封印の地と血
「私はここに来るべくして来たのですね」
目を閉じ思い手繰り私は漏らす
「そう縁の守人たる血に縛られし者
人を喰らいし我等が人を守るための者
闇のものであるが故に守るべき光
守人たるあなたを歓迎します」
言葉に遺伝子が目覚める
体に流るる血の証が爆ぜる
人の生きるために
人と生きるために
古き古き同胞達ののために・・・
築かれしこの封印の地を守るために
私はこの地に帰ってきた
古き者の血が流るるこの場所に

夢工房夢月堂 / 姫新翔