目配せ

あたしたちは怖がりだった
いつも傷つくのが怖いから
今日こそは「先へ進もう」と二人で目配せをしたと思うのだけど
そう思っていたのは私だけなのかもしれない



「今日も来たね」

「今日は来たんだ」



汗だくなのに、息を切らしてるのに、
素っ気ない仕草をとる
こんなに長い階段を、あたしに見られないように
大急ぎで駆け上がったの?



「最後の日だもん 今日も、だよ」

「…明日は無いんだ 今日は、だろう」



この高い場所にある公園で、あなたはあたしを待っている
あなたはいつもここにいるから、あたしはそう思ってる
確かめたことはない
確かめるのが怖いから



「何で晴れないんだろうね」

「空に聞くといい」

「雨は降らさないでほしいな」

「俺に言わないでくれ」

「少しくらい聞いてくれてもいいと思うよ」

「聞いても、何もできないから」



酷く曖昧な夕焼けの境界線が見える
いつもの景色
あたしたちはまるで、夕暮れ時に雲が落としたグレーの影だ
あやふやなまま消えていく



「…何もしなくていい」



あたしが素直になれないのは、曇り空のせいで
あたしが頑ななのは、彼が何も応えないせいだ
あたしが悪いわけじゃなくて
あたしがわがままを突き通したいわけじゃない



「…寂しいよ」



知られてしまうのが怖くて、嘘で隠したたくさんのもの
冷たさ・悲しさ・寂しさ・怖さ・嬉しさ・ときめき・輝き・笑い
小さな気持ちを全部閉じ込めた言葉は
もう何に怯えていたのかすら思い出せない



「何?」



あなたが、いつも遅れて聞き返すのは、
聞こていないからじゃなくて、
なんて答えていいのかわかっていないから
なんてそんなこと、私にはわからない



「なんでもない」



伝えきれない「あたし」を、
「弱い」だなんて思わないでね
雲から雨が落ちてきた
湿った土が引き止める



「元気でね」



靴の裏側
夏の思い出
あたしの気持ち
伝えられなかった言葉



「ああ」

「え?」

「元気でいるよ」

「…あたしも元気でいる」




終わってしまいたくない時間
終わってしまった銭湯の煙突
その先に、タバコを持っていく
あたしの位置からだと、ちょうど煙が出ているように見える




「こうしていると」

「うん」

「煙突から煙が出ているように見えるだろう」

「そうだね」

「でも銭湯はやってない」

「知ってる」

「なのにこうしてると、やってるように見えないか」

「うん、見えるね」

「全ては、考えようだと、思わないか」

「…そうね」

「煙が出てるってことは、晴れているってことさ」



うかつな相槌
つられて雨雲がほだされて、広がっていく夕焼けが見えた
あたしの心にその夕日が落ちたから、
本音の読めないあなたの、胸の隙間にも光が、落ちたでしょう?



「考えていれば、こうやって雨雲が晴れるときもある」

「…偶然なのに」

「運も実力のうちだろう」



だって、あたしにも少し見えたの
奥に隠れたあなたの本音と、
次に言う言葉
やっぱりあたしとあなたは、一緒に先へ進むのね



「また、会おう」



ひらけた雲たちの隙間から落ちた、
たくさんの光、たくさんの雫
そしてあなたとあたしの言葉が、
この場所をどこよりも綺麗なものにする



「僕は、待っているから」

「どうして?」

「それは」

「好きだから?」

「聞いておいて先を読むなよ」



照れ笑いの声が
涙交じりの篭った笑みが
過ぎた時間を懐かしむ静かなその名残が
きっとあたしとあなたの未来をずっと繋げていくんだろう



秋が訪れた
冬は去ってゆき
春は静かにたたずみ
あの高い場所にある公園には夏が来る




足元は見ないで
前を見据え続ければ
そこにはきっと
きっと素晴らしい再会が

RO-MAN / にわとり