愛知
ふっと目に映った1枚のポスター。
きっと誰が見てもそれだけのポスター。
けれど、私にとってはそこにあるのは懐かしい風景。
少し切ない記憶を胸に蘇らせる。
あの頃、2人で木曽川の土手を夕暮れ時に散歩した。毎日、毎日。
木曽川に架かる橋の向こうに見える夕焼けの空を眺めているのが好きだった。
休日は川の上流にある、東海広場の芝生の上で2人で日向ぼっこをした。
そこへ行くために渡る橋はいつも渋滞だったっけ。
そう言えば自分が運転してるんじゃないのに渋滞が嫌いでよく地図とにらめっこしてた。
「こっちの道の方が早そう」
何度その言葉に騙されたか。
あの人のナビはいつでも的外れだった。
近道が遠回りになる近道。
新宿の雑踏の中で彼を待っている間に蘇る記憶。
今はもう悲しかった事も苦しかった事も辛かった事も思い出せない。
楽しかった記憶ばかりが蘇る。
壁に貼ってあったポスターが私の過去を呼び起こす。
あの人はとても優しかった。
まるで、それしか知らないみたいに。
私が犯した許されない過ちも、あの人は許そうとした。
そんな馬鹿みたいに優しい人。
そう・・・
馬鹿みたいに優しい人・・・
耳に飛び込んできたクラクションの音でふっと記憶から抜け出した。
今更思い出しても・・・
溜息を一つ吐き出して時計に視線を落とす。
彼は待ち合わせの時間になってもまだ来ない。
いつもの事だと思っていても、こうも毎回じゃ呆れてくる。
ぼうっとビルの壁に掛けてある大型テレビに映し出される映像を見つめた。
また記憶が胸を覆って行く。
楽しかった事、嬉しかった事が湧き水のように溢れてくる。
思い出になってしまった記憶は都合が良い。
けれど感情は今でも複雑な色を持っている。
私はもうあの頃の私じゃない。
あの人を愛してた私じゃない。
確かに確実にあの頃はあの人を愛してた。
まだ恋愛も愛もよく解かっていない私が愛した人。
不器用な私は上手にあの人を愛する事が出来なかった。
一緒に居る事の意味を大事にする事が出来なかった。
我侭で頑固で、自分の主張を曲げない私の事を理解してくれていた。
そんな私でも愛してくれた人。
あの頃、私はあの人に何かを与えてあげられていたんだろうか。
大型テレビから目線を外し人の流れを凝視しする。
切っ掛けは1枚の何でもないポスター。
そう、ただのポスター。
それだけが持つ、私だけに意味のある記憶。
ぼうっと記憶が駆けて行くのを見送る。
今はもう記憶でしかなくなってしまった事。
始まりも終わりも無く、ただそれだけの事。
胸の複雑な色を持った感情だけが確かな残骸。
「何ぼうっとしてるの?」
遅れて来た彼がそう声を私にかけた。
「遅いよ」
「ごめんね」
いつもの無邪気な笑顔でいつもの声で彼は言う。
見上げた彼の笑顔に今の私の安らぎを見る。
それが今この時の私の幸せ。
「ちょっとタバコ買って来るから待ってて」
そう言って足早に歩いて行く彼の背中を見つめながら想う。
ねぇ・・・
私、今幸せよ。
性格は相変わらずだけど、今は彼の事を理解していこうって気持ちがある。
理解して歩み寄って、時には妥協して。
ねぇ、私少しは成長したでしょう?
あの頃、どうしてそれをあなたにしてあげられなかったのか今はもう分からないけれど。
でもね、私は本当にあなたを愛してた。
不器用なりに愛してた。
お互いに願った永遠は叶う事はなかったけれど・・・。
私の今の幸せがあるのは、あなたがくれたプレゼントだと思ってる。
それは、何にも変えられない私だけが持っているあなたからのプレゼント。
あの頃、私を愛してくれたあなたが私に与えてくれた物。
あなたと過ごした日々が、今彼と過ごす日々を支えてくれています。
ありがとう。
私はこれからも時々あなたを思い出すでしょう。
それは不意に、そして突然に。
そして、永遠にあなたを忘れる事はないでしょう。
最後に1つだけ
あなたは今幸せですか?