見えない景色

不思議な、人だった。

彼は、不思議な人だった。

と言うよりも。

あたしが彼のことを何も知らなかった。

知らなさすぎたの。


あたしは今、富山に来てる。

息苦しさを覚えて。

東京から逃げ出した。

セツナイはずのこの町。

だけど何故か、会いたくて。

この町に会いたくて。


彼が唯一、連れてきてくれた、町だった。

此処は、彼の生まれ故郷であり。

彼のお気に入りの場所だった。

日本海に臨むこの町。

キレイな、だけど。

セツナイ町。


ふたりの間に言葉はなかった。

だけど。

手を繋いでこの風景を眺めてるだけで、よかった。

それだけで、よかったのに。


あのとき。

ふたりで見た蜃気楼。


この町では時折、蜃気楼が見られるのだと。

彼はこの町に来るまでの車内で、言った。

それが彼がこの町を好きな最大の理由だ、と。

そして、それをあたしに見せたいのだと。


その言葉に、あたしは。

ココロがいっぱいになった。


ねぇ、あのとき。

ふたりで見た蜃気楼。

ねぇ、あんたみたいだったね。

そこに在るのに、確かに在るのに。

その姿は、はっきりとはしてなくて。

それがどうしてももどかしかった。

あんたの全てを、知りたかったの。

それだけだったのに。

見えるのは虚像ばかりで。


本当が見えないまま。


ねぇ、今日も。

なんだかうまく見えないよ。

すごく、キレイなのにね。

見えるのは。

滲んだ景色。

紅詞 / Ren