各駅停車

指の隙間から記憶が零れていったのは何時の事だろうか


熱海 10:02
 乗り換え時間は5分
 次の終点豊橋駅までは3時間強。
   眠っていればあっという間に過ぎる時間だ。
 
 小さなボックスシートの向かいに座っているのは少女。
 高校生だろうか。少女というにはおかしいが、きちんと制服を着て。
  黒髪、最近見てなかったな  と思って目を閉じた。


東田子の浦 10:40
 窓の外は海なのだろう
 少女の目が蒼く染まっているから見なくても判る。
  頬杖をついて外を見つめている少女にはいったい何が見えるのだろう と思った瞬間
 振り返った少女と目が合いそうになって慌てて寝たふりをしてしまった。


11:19
 「まもなく 静岡~」
 という濁声で目を覚ました時
 少女は頬杖をついた姿勢のまま目を閉じていた。
  陽に透けた髪がきれいだ なんて思っていると
 電車の減速と共に少女の頭ががくりと動いた。

  「まだ、静岡なんですね」
 寝ぼけ眼の彼女がいう。

  ・・・・・もう1時間以上たってるのに、まだ静岡を抜けられないんですね。
  ・・・静岡県は広いから。
  ・・・・・・「静岡」って事は今が静岡県の中心地なんですよね。
  ・・・まぁ、そうなるのかなぁ。
  ・・・・・このまま静岡県から抜け出せなかったらどうしよう。
  ・・・そんなことあったら困るなぁ。

 そう、困る。
 結局帰れないまま終わってしまうのだろうか
 ・・・・・・結局俺には帰る場所は無いのだろうか。


12:12
  「まだ、静岡終わらないですよ」
 目を覚ました俺に少女が報告する。
 窓の外に見える看板は袋井。知らない名前だと思うがしっかりと『静岡県袋井市』と書いてある。

  お兄さん、なんで各駅停車なんて乗ってるんですか?
  ん?
  ・・・・・いや、えっと、大人だから新幹線とか使えそうなのになーって、
  新幹線を使えない大人もいるんだよ
  ・・・・・・・・・・・・・

 押し黙ってしまった少女をちらりとみやる。
 しまったとか内心思っているんだろうか。
 
  まぁ、新幹線を使わないほうが見える景色もあるだろうしさ。

 何フォローなんてしてるんだろう、俺。
 別にそんなことする必要なんて無いのだが。
 新幹線に乗れなかったのは結局金がなかったからで
 それよりも何よりも早くあの土地から出たかった。

  で、どうして君はこの電車に乗ってるんだ?熱海からずっとだろう?
  私、ですか?・・・・・・・私、は、友達に会いに行くんです。
  ・・・・友達?

  明日、誕生日なんです。17歳の。17歳の誕生日には、友達が集まってパーティーを開いてくれるんです。
  ・・・どこまで行くんだ?
  ・・・・・・名古屋まで。
  ・・・そんなところに友達が?
  昔、名古屋に住んでたんです。小学校の途中まで。転校する時に、皆で約束したんです。

 約束なんて当てになるはずがない。
 結局信じている人が惨めな思いをするだけだ

 約束の場所に彼女は現れなかった
 不審に思って部屋を訪ねたが部屋には何もなかった
 洋服も、家具も、もちろん彼女も。

 彼女は他の男と将来を誓っていた。
 結局全て信じた俺が馬鹿だったのだ。

天竜川 12:25
  誰もその約束を覚えてなかったらどうするんだ?
  ・・・・そんなことないですよ
  その確信はどこから来るんだ  
  そんなのないですけど・・・・・・・・・・・誰か、一人でも覚えてくれてたら嬉しいなって。
  ・・・・・・・・・・・
 
  だって、そのほうが楽しいじゃないですか。
  「・・・・・それに、自分が過ごした場所って色々歴史が詰まってるじゃないですか?確かめたくて。」

 「まもなく~、浜松~、浜松~」
 幾度となく聞いた濁声で会話が中断された。
  「・・・・・・・・まだ静岡脱出できないですねぇ」 
 少女の溜息が重くのしかかった。


13:01
 それから互いに言葉もなくいくつかの駅を通り過ぎた。
 この電車で信じているものを確かめに行く少女と
 この電車で信じていたものから逃げている俺と
 二人で今、窓の外を見ている。

 「まもなく~、二川~、二川~」
 アナウンスと共に電車が駅に滑り込む。

 少女が息を呑んだのと、
 俺が拳を握り締めたのとは同時。

 看板に書いてあるのは「愛知県豊橋市」
 次の駅が終点である。


豊橋 13:10
 乗り換え時間は12分。
 少女の目的地名古屋まではまだ1時間以上かかる。
  
  寂しくなるなぁ
 
 少女が残した最後の言葉が耳に残る。
 
 俺は、また戻る事にした。また3時間以上かけて静岡県を今度は東へ。
 その3時間の間、彼女にささげる一言でも考えてやろう。
 まず彼女に一言ささげてから、また同じ街で一からすすもうではないか。


 別に逃げる事はない。

指の隙間から零れていった記憶を一つ一つ集めていけば、きっと何かが見つかるはずだ。

sora