ただいま。

この街に越して半年。

それまで寒い北国の地方都市に住んでいたころ、
仕事で幾度となく訪れたこのエリア。
なのに、住んでみて快適なはずの毎日に
いつも横たわるのは、重くて居心地の悪い違和感だった。

ここはあたしの街じゃない・・・。

休みの日や、欲しい本があると渋谷あたりに出て、
雑踏のなか迷うこともなく、テキパキと用事を済ませる。
お気に入りのカフェや、ステキな雑貨屋も見つかって。
買っているもの、街を行く人たちの顔立ち、ファッション
どれをとったって、そんなに違いはないのに、
やっぱりここはあたしのホームグラウンドではなくて。

あたしが新しいこの街に早く慣れるようにと
休みのたびにあちこちと出かけてくれるあなた。
生活を共にしながら、愛情を紡ぐ作業はたくさんの衝突も生み。
不安定なあたしはその度に泣き喚き、なだめられて。
キスで感情を封じ込められた夜は切なくて。

そんな日々
とうとうあなたが、どうしようもなくあたしに怒り
頬をぶたれた。
あなたにしたら、人生で最初の。
震えるあたしの肩。
縺れた感情をどうしていいかわからずに、ただ泣きじゃくるあたし。
「ずっとこうしていたいと思っているんだよ」
後ろからぎゅっと骨が折れちゃうくらいに抱きしめられた。
その一言が嬉しくて。
ポロポロと涙をこぼして、その言葉を噛み締めて。



頬をぶたれたその瞬間、
あたしのココロから何かが
ポロリと落ちていった気がした。



今日・・西陽を浴びながら電車に揺られ、
多摩川を越えたとき、ホッとした。
朝から一日中歩き回った帰り道。
多摩川の水面の綺羅を見つめていたら、
なんだかどうしようもなく安心した。


この街に越して半年。


「ただいま。」


あたしの街はここでいいんだね。
きっとここに・・・ずっと暮らしていくんだね。

トレモロ / マリィ。