キジムナ

ちょちょんちょんちょん

ちょちょんちょんちょん

キジムナーが

ちょーんちょん




沖縄のがじゅまるの樹には
キジムナって妖精が住んでる




キジムナ





「おいキジムナー!今度はお前の番だよ、
ジュース買うの!」


それ、この間も私の役目だった...
と「キジムナー!」と刺された少女はうな垂れた。
だいたい、ガマの先(つまり街からかなり遠く離れた場所)
まで遊びにきているんだから、ジュースの自販機なんて近くに無い。

そう、私は俗に言うイジメられっこ。
あだ名は「キジムナ」。

赤毛に人より黒い肌。
そして妖怪みたいな性格だからって。

「...買ってくればいんでしょ。」

私はプイと顔を背けると、
その数人が遊んでいる浜辺を離れた。



だいたいこのガマの入り江に連れてきたのも、
この海の浜辺が綺麗な場所を見つけたのも私。
偶然...ほんと偶然に何かで知られて、
数人らを連れてくるハメになってしまった。

そしてこの結果...パシリ。

あだ名はキジムナ。
なんかついてない。


とりあえず街まで出ないと自販機なんてないから、
かじゅまるの樹の林を抜ける。

ふと振り返ると、そこにはまぶしいほどの青い海と美しい緑。

...今の自分には残酷すぎるほどの。



海は美しい
この島はまだ幸いゴミが少ない
緑は豊か
この島はまだ幸い開発がすすんでない



私はお日様を少し恨みながら、
その鬱蒼としたがじゅまる林の道なき道を進んだ。
もうこれでもかって、意地になるくらい。






1時間くらい歩いたところで、
民家のおばぁみたいな人が、ビンのコーラを売っていた。
ラムネもあった。

「ラッキー....」

汗だくの私はあわてて自分以外の5本のコーラを購入する。
ただ...


「私...袋持ってきてないやぁ...。」


両手にやたらつめたい瓶を抱きしめて、
あの道なき道を帰るハメになった。




瓶は当然のごとくだんだんぬるくなった。
そして重くなった。

私の心と同様に。

どうして私がいつもイジメられるの。
どうして私がいつもキジムナなの。
キジムナは買出し係?
違うでしょ?

めまぐるしい回想をしているうちに、
そのすっかり暖かくなった瓶を持っている自分が、
大層阿呆に思えてきた。


「...こんなものっ!!」


衝動的に、がじゅまるの側の岩にコーラの瓶を投げつけた。
1本投げつけたら歯止めが効かず、
5本とものコーラの瓶を投げつけてしまった。
辺りにはお決まりの「がしゃーん」というガラスの割れる音と、
その合間合間の静寂が響いた。


そして投げつけてしまって我に返る。


「コーラ...どうしよう。...ゴミ...どうしよう。」


ふと空を見上げると、日は大分落ちてきていた。


「ほんとにキジムナになっちゃいたい気分。」


どうせビーチに戻っても、
こんな時間になったんじゃ誰も待っていてくれやしない。

...この森の中に消えたい。


そう思った瞬間だった。

自分とそっくりさん...が目の前を通り過ぎた。


「ドッペルゲンガー?」


そんなまさか。
私は慌てて後を追う。
理由なんていらない。
ただ追えって言ってた...私が。


「待って!!」


私のそっくりさんは尚も早足で森の奥へ私を誘う。
これ以上行って戻れるかな...。

でも不安なんてなかった。


随分来たところで、
沖縄の海が一望できるような場所に出た。
私が見つけたガマのビーチより、何倍も綺麗な。
そこからは、さっきの私のジュース待ちをしている人たちが見える。



「あいつ...遅いなぁ。」
「森で迷ってないかなぁ。」
「最近ちょっとあの子にキツくない?」
「だってあいつ、そんなキャラじゃん。」
「イジメたくなるほど可愛いってやつだや。」



聞こえるはずないのに、
そんな会話が聞こえてきた。


そして目の前のドッペルゲンガーは、
尚も走り出した。
私ももちろん、後に続く。

また森の道なき道を走り抜けると、
今度は私の自宅が見える場所に出た。
庭にはブーゲンの華が咲き乱れていて、
それをちょうどおばぁが眺めているところだった。


「あ...今日はおばぁが家に一人の日だったんだ...。」


うちはお母さんしかいない。
だからたまにお母さんは出稼ぎに出る。
その間、私はいつもおばぁと二人きりになる。
もっとも...今は私の帰りを待つおばぁが家で一人きりだけど。


「おばぁ....。」



そしてドッペルゲンガーはまた走る。
私も慌てて後を追う。
最後に行き着いたのは、
あの私が瓶を散らかしたところだった。


息があがり、会話をすることもままならない私に、
そのキジムナーは一言つぶやいた。


「忘れ物...拾い忘れないようにや。」



そう言い残すと、もう私が走っても追いつかないようなスピードで、
がじゅまるの彼方へ消えていってしまった。



「忘れ物...。」



海が青いこと
空が広いこと
お日様が優しいこと
ゴミがないこと
人の温かさ
誰かへの思いやり




「私...落し物たくさんしていたかもしれない。」



とりあえず一つずつ拾うために、
私はあのジュース待ちの人たちのところへ戻ることにした。



夕日はもうとっぷりと暮れていた。

キャッチャー・イン・ザ・ライ / 蒼樹宇明