日本海の音

海岸沿の国道は、ぐにぐにと曲がりくねっていて、交通量は少ない。
シーズンオフのせいか、車どころかひともほとんどいない。
この道を行く車は、どこか狂ったみたいに、猛スピードで飛ばしていく。

「一時間後に迎えに来るから」
そう言って父もまた、来た時と同じ、狂ったスピードで消えていった。

…………ヴーン……

赤い車体が見えなくなって、遠くなる音が消えてしまってから、ひとり砂浜に降りた。
砂を踏むと、ざくざくとめり込む。
運動靴のベロのところから、乾いた砂が入りこんで、靴下の中にまで侵入してくる。

……ざわざわ……ざくざく……

乾いた風に、乾いた砂が巻き上げられ、下手な方を向いていたら、失明してしまいそうだ。

……ザッ……ザザン……

日本海の波の音は、男のひとのイメージだ。
荒々しいのに、どこか優しい。
たぶんにそれは、父のイメージなんだと思う。

ザザ……ヴーン……ざくざく……

目前に波の音。
背後を時たま通り過ぎる車の音。
徒に歩く、わたしの足元で砂が泣く。

カーステレオを響かせた車が過ぎて行った。
すごいスピードで。
どうしてそんなに急いでいるのかなぁ。

「みんな死にたいんじゃないの」

思ったことが口を衝く。
波に消えても、ガードレールに消えても、変わらない気がする。
どちらにしろ、ここの空気は殺伐として、死に急がせる音になる。

砂浜にしゃがみこんで、手のひらで掻き集めた砂を山にして、てっぺんに棒切れを立てて、
ひとりで棒倒しをして遊んだ。
夢中だったが、楽しくはなかった。

ふいに、父はもう戻ってこないんじゃないかという気になった。
自分は捨てられてしまった。
そんな錯覚に囚われた。
車の音がする。
振り返る。
うちの赤い車ではなく、小型のトラックがスピードを出して過ぎて行った。
泣きそうになった。
もしかしたら、本当に泣いていたかもしれない。
ふと思いついて、積み上げてあるテトラポットの上によじ登った。
高いところにいれば、道路がもっとよく見えるから。
早く早く、赤い車を見つけられるから。

テトラポットの上は、バランスを取るのが難しい。
ふらふらしながら立っていると、足元にフナムシがかさかさとやってきて、気持ち悪い。
それを避けながら、よろけて、落ちてしまうような気がする。

死んでしまいそうな、日本海。

そんなことを思った。
とても怖かった。

ヴァーン、と車の近づいてくる音がして、キキィと、ブレーキをかける音がした。
テトラポットから飛び降りて、わたしは駆け出した。
車のドアが開いて、バン!と閉まった。
香ばしい匂いがした。
わたしの好きな、浜焼きを手に、父が笑っている。

これがわたしの小さい頃の、新潟の思い出。

SADOMASOCHISM / しん