さくらんぼ

紅くあたたかい雪が降っている。

東北地方一の大都市と
僕の生まれた土地を遮る
緩やかな弧を描く稜線が、
自然の中にいる安心感を
いつも僕に与えてくれた。
その見慣れた景色が後方に流れていく。

物心のついた頃からいつも隣にいた悠美の姿が
遠ざかり、小さく消えてゆく。



悠美は進路のことでずいぶん悩んでいて、
四大か短大かで散々迷っていたが、
結局地元の四大に合格したので
そこに進学することにしたようだった。

僕はと言えば、東京の大学をいくつか受験して、
無事に合格した大学に進学する。



三月も半ばを過ぎた今日、
久しぶりに雪が降った。

山形新幹線つばさ114号の車内、
僕は窓に張り付いて親しんだ山形の景色を見つめる。
地元のこの駅を出発したつばさは
1時間もすれば僕は初めて1ヵ月以上
山形県を離れることになるのだろう。



午後0時29分、天童駅に到着する。
たった5分前のできごとが、
もうずっと昔のことのように思えた。

さくらんぼ東根駅で僕を見送った悠美。
「身体に気をつけろよ~」
なんて言いながら彼女は1通の手紙を
僕のカバンに押し込んだ。
それは、手紙というのも少しためらわれる、
たった1枚の折りたたまれたルーズリーフ。

飲み物を取り出そうとしてカバンを開けると
その悠美の思いの込められた手紙が目に付いて、
ペットボトルと一緒にその紙切れを取り出す。
何が書いてあるのかは、なんとなくわかっていた。

僕は水を一口飲んで、それから昔のことを思い出していた。



中学までずっと同じ学校に通い続けた悠美と
別々の高校に進学してから4ヵ月ほど後のこと。

夜、自分の部屋で本を読んでいたときのことで、
1週間ぶりくらいに悠美から電話がかかってきた。
たわいもない話を1時間ばかりすることはわかりきってて、
でもその時間がとても大切だった僕は
読みかけのページにしおりを挟んで、
彼女をじらすかのようにほんの5秒ほどの時間をおいて
通話ボタンを押した。

「バーカ!!」

いつもの元気な声より一層大きな声で、
でも元気とは少し違う声で彼女は
その一言だけを発した。
それからすぐに電話は切られた。
1時間なんてとんでもない、ほんの2秒の通話だった。

心当たりはあった。
その日の昼に山形駅の近くを
クラスの女の子と二人で歩いていて、
たまたま悠美とすれ違ったということ。

僕は別にその子と付き合っていたわけでもないし、
デートと呼べるようなものでもなかった。
それどころか好きだという感情すらなかった。
多分、僕は表情にそんな気持ちが出てしまっていて、
そのことが悠美の気に障ったのだ。
彼女が僕に怒るのはそういう時だけだったから。



また、景色が流れ始める。
雪の量が少し増えてきてように思えた。
僕は悠美の手紙を手に取り、それを開く。
たった2秒で見終わってしまうような、
思った通りの内容だった。



心の中にあたたかい雪が降り、積もる。
彼女の頬の色を思わせる紅い雪が重なる。
僕の心が冷えればきっと消えてしまう、
僕の心が冷えなければきっと溶けない、
そんな穏やかな熱を帯びた雪。

山形に降った雪は積もるだろうか。
二人で見た月山の噴水を、
帰りに食べた玉コンの味を、
道路脇に積み上げられた壁のような雪を、
一緒に雪掃きをした冬の日の寒さを、
思い出す。



悠美の言葉が降らせた心の中の雪を
高く積み上げていこう。
そのいびつな階段を上り続けていければ、
きっと僕もたった2秒で伝え終わる
この言葉を口にできるような気がしている。
だから、どこまでも高く積み上げていこう。

いつまでも、あたたかい心で。

World With Words / Tomo