CROSS to YOU. » fruit » スイカ

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 境界が見える。
 ボクは境界の狭間に立っている。
 ……たった一歩。
 ……ほんの一歩。
 何気なく踏み出すだけで、ボクはどちらの世界にも行くコトができる。
 いや、自分の意思など関係なく
 ゆらりと風に吹かれ、わずかにバランスを崩すだけで
 ――そこは、見知らぬセカイとなる。
 境界が見えるコトで
 境界の狭間に立つコトで
 ……ボクはどちらのセカイへも、容易に旅立つコトができる。
 それを自覚した時、ボクは笑ったのだろうか。
 それを自覚した時、ボクは泣いたのだろうか。
 ──自分で、自分がわからない。
 ……それが、何よりも怖い。
 ヒトには、ソレに恋するように憧れ執着するモノと
 嫌悪し、必死になって忌避するモノがいると言うが
 ボクはどちら側の人間で
 どちら側に魅せられているのか
 ──自分で、自分がわからない。

     ※     ※     ※

 ……だから、なのだろう。
 曖昧で、不明瞭な人格しか宿さないボクに、境界が見えるのは。
 境界の狭間で、ボクはどちらのセカイに向かうべきか苦悩する。
 真剣に。
 急速に。
 緩慢に。
 怠慢に。
 いかなる状態で選ぼうとも、それは明確な決意となる。
 ……ボクはどちらのセカイへも、容易に旅立つコトができるのだ。
 けれど、選ぶというコトは、もう一つとのセカイとの決別を意味する。
 いつか、決断しなければならないのだろうか。
 いつまでも、決断しなくていいのかもしれない。
 境界に立つ。
 狭間にて、フタツのセカイを垣間見る。
 ──どちらも、ひどく魅惑的に思える。
 思考が停止して、ふと一歩踏み出そうとする時もある。
(……いや、ちょっと待て)
 向かおうとしたセカイに、ボクは嫌悪を感じたりしない。
 同じように、たまらないほどの歓喜を感じるコトもない。
(──なら、そちらに向かう必要なんか、ないじゃないか)
 納得し、反対にあるセカイへと、足を踏み出そうとする。
(……いや、ちょっと待て)
 向かおうとするセカイに、ボクは歓喜を感じたりしない。
 同じように、たまらないほどの嫌悪を感じるコトもない。
(──なら、そちらに向かう必要なんか、ないじゃないか)
 所詮、私は曖昧なのだ。
 境界に立つ――
 それこそが、もしかすると私のもっとも気に入っている場所なのかもしれない。

     ※     ※     ※

 境界の狭間で、ボクはどちらのセカイに向かうべきか苦悩する。
 この場所で、ボクは選択したセカイを夢想する。
 手には、いつしか大きなスイカが握られていた。
 ボクは、手にしたスイカを愛しく撫で
 ヒトツのセカイを見つめながら
 ……手にしたナイフで、思い切り切りつけた。
 切り刻むコトは容易い。
 簡単すぎるのは、つまらない。
 だから、ボクは切りつけた部分を押し広げ
 ──丁寧に
 ──丁寧に
 傷をつけるコトを最少にして
 えぐっていく。
 くり抜いていく。
 搾り出していく。
 ……ぬちゃ。
 ……ぬちゃ。
 指を巧みに動かして
 ……ぬるり
 ……ぬるり
 流れ落ちる鮮血を頭の中に描きながら
 えぐっていく。
 くり抜いていく。
 搾り出していく。
 眼球を取り出すようにスプーンを使い
 神経を切り分けるようにメスを振るう。
 切り裂かれる肉の感触を頭の中に描きながら
 目的のために、カタチあるモノを傷つけ、歪め
 ──丁寧に
 ──丁寧に
 夢想するカタチへと、姿を変えていく。
 ……ボクは今、笑っているのだろうか。
 ……ボクは今、泣いているのだろうか。
 それがわかれば、自分が選び、夢想するセカイが
 少なくとも、自分に取って正しいモノであるかわかるというのに
 ──ボクは、自分がわからない。
 スイカはカタチを変えながら
 ボクの手の中で、ヒトツのカタチへと変わった。
 外観は多少加工されているモノの、全体のカタチは変わらない。
 ただ、中身はすべてくり抜かれている。
 ……妄執。
 妄執が、ボクの無意識をカタチとする。
 ジャック・オ・ランタンを模した、そのカタチ。
 コミカルにくり抜かれた目と
 ユーモラスに広げられた口許
 それは、ヒトのカタチを模したヒトツのカタチ。
 まるで、ヒトのカタチを模した異質なるカタチ。

 ……スイカおばけ。

 流れ出したスイカの薄く赤い果汁と、無残に散らばった果肉とが。
 ボクの目に、やけに眩しく感じられた。
 それは、ボクにはスイカには見えない。

     ※     ※     ※

 境界の狭間で、ボクはどちらのセカイに向かうべきか苦悩する。
 この場所で、ボクは選択したセカイを夢想する。
 手には、いつしか大きなスイカが握られていた。
 ボクは、手にしたスイカを愛しく撫で
 ヒトツのセカイを見つめながら
 ……手にしたナイフで、思い切り切りつけた。
 切り刻むコトは容易い。
 けれど、均等に切り分けるコトには苦労する。
 ──丁寧に
 ──丁寧に
 傷をつけるコトを最少にして
 ……慎重に
 ……慎重に
 切り刻む。
 切り分けていく。
 そして、大きな声で、まだ見知らぬ家族の名を呼んだ。
 結婚したばかりの妻の顔があった。
 その隣には、やがて生まれてくるであろう、子供たち。
 子供は、二人くらいがいいな。
 ……女の子と、男の子。
 女の子は、明るくてよく笑って
 男の子は、弱虫だけど優しくて
 ──そんな、平凡で当たり前のセカイを夢想する。
 近い将来、それは現実となるコトだろう。
 ボクは近づく家族に向かって、切り分けたスイカを差し出した。
 ……赤く
 ……赤く
 甘い匂いを放ちながら 
 ──赤く
 ──赤く 
 うっすらと濡れた果肉。
 どちらが大きい、どちらが美味しいと子供たちが騒ぎ始める。
 その傍らで、叱りながらも微笑む妻。
 それを、ボクは無言で見つめている。
 これは、幸せなのかもしれない。
 ……ボクは今、笑っているのだろうか。
 ……ボクは今、泣いているのだろうか。
 それがわかれば、自分が選び、夢想するセカイが
 少なくとも、自分に取って正しいモノであるかわかるというのに
 ……ボクは、自分がわからない。

     ※     ※     ※

 境界が見える。
 ボクは境界の狭間に立っている。
 ……たった一歩。
 ……ほんの一歩。
 何気なく踏み出すだけで、ボクはどちらの世界にも行くコトができる。
 いや、自らの意思など関係なく
 ゆらりと風に吹かれ、わずかにバランスを崩すだけで
 ――そこは、見知らぬセカイとなる。
 境界が見えるコトで
 境界の狭間に立つコトで
 ……ボクはどちらのセカイへも、容易に旅立つコトができる。
 視線の先で、スイカおばけが笑う。
 視線の先で、まだ見ぬ家族が笑う。
 ……ボクは、どちらを選ぶのだろうか。
 どちらにも、同じような魅惑が
 どちらにも、同じような執着が
 ──ボクには、とても感じられる。
 ──ボクには、まるで感じられない。
 自分で、自分がわからない。
 視線の先で、スイカおばけが笑う。
 視線の先で、まだ見ぬ家族が笑う。
 僕は境界の狭間に立っている。
 ……たった一歩。
 ……ほんの一歩。
 何気なく踏み出すだけで、ボクはどちらの世界にも行くコトができる。
 いや、自らの意思など関係なく
 ゆらりと風に吹かれ、わずかにバランスを崩すだけで
 ――そこは、見知らぬセカイとなる。
 いつか、決断しなければならないのだろうか。
 いつまでも、決断しなくていいのかもしれない。 
 フタツのセカイを夢想しながら
 幸福と崩壊の狭間で揺れながら


 ……ボクは、境界に立っている。

えす・ますたべの城 / 高嶺俊