CROSS to YOU. » fruit » 桃

『何か食べたい物は?』
彼女はいつも私が寝込んだりふさぎ込んでいるとそう聞いた。
最後にそれを聞いたのはいつだっけ・・・

あの日、私は彼女に始めて聞いた。
『何か食べたい物ある?』
いつも私に言ってくれたように、多分彼女と同じ気持ちで。
『桃が食べたい』
そう消えそうな声で彼女は言った。
いつも彼女が私に聞いた時と同じ答え。
『探してくるよ。待ってて。』
細く優しく彼女は微笑んでうなずいた。

1月に桃なんて何処にも無かった。
何処の果物屋さんにも何処のスーパーにも。
それでも探した。彼女の為に。私の為に。
高島屋の地下にある高級フルーツのお店に1つ3000円の桃があった。
たった1つしか買えなかったけれどそれを持って彼女の元へ戻った。

『母さん、買ってきたよ』

私が最後に彼女にしてあげられた事は桃を買ってくることだった。
いつも私が寝込むと彼女にねだった桃を彼女も私にねだった。
あの時、2人で食べた1月の桃は硬くて少ししぶかった。

夏になったら甘い桃を食べようねっと約束したけれど、それは叶う事はなかった。
桃の香りが何処からか香ってくるたびに彼女の嬉しそうな顔を想い出す。
あれが最後になるなら、もっともっと甘い桃を探してあげればよかったとそう少し後悔する。

甘い香りのする悲しい果実。

いつかはまた桃の甘い香りを楽しめる時がくるだろうか・・・
ね?母さん・・・

one / sayaka