れじぇんど!
(前回までのあらすじ)
激闘の果て、ようやく宿敵ドラゴンフルーツ将軍を倒したフルーツ戦隊!!
世界の危機は、彼らの戦いによって去ったのだ!
しかし、そのための代償はあまりにも大きかった。
傷つき、そして力尽きて行った仲間たち……。
――ライチ・ブラック。
――パッションフルーツ・ブルー。
――グァバ・グリーン。
偉大なる戦士の魂よ、安らかなれ!
真っ赤に燃える夕日を眺めながら、勝利の涙を流すドリアン・レッド……。
その隣には、生涯の愛を約束したマンゴスチン・ピンクの姿がある。
辛く長い戦いに、ようやく幕が下ろされると思った、その瞬間――
瀕死のドラゴンフルーツ将軍が、驚くべき一言をドリアン・レッドに告げた。
「――忘れるな、本当の敵は、貴様のすぐ隣にいるっ!!」
※ ※ ※
「……ど、どういうコトだっ、ドラゴンフルーツ将軍っ!?」
衝撃の言葉に、ドリアン・レッドは刹那、思考力を失った。
愕然となるドリアン・レッドを前に、不敵な笑みを浮かべるドラゴンフルーツ将軍。
今にも息絶えそうだというのに、その男っぷりは見事なモノがあった。
さすがは二枚目として知られた悪役なだけはある。
「ふっ……そのままの意味さ」
ニヒルな笑みを浮かべたまま、ドラゴンフルーツ将軍は尊大な態度で告げる。
「……貴様たちは、よく戦った。
フルーツで世界を支配しようとする私の野望は、あと一歩というところで完全に打ち砕かれた。
真実、大したモノだ。
まさか、この私の究極奥義、ドラゴン・ドリンク・メモリーまで破られるとはな……。
――しかし、ドリアン・レッド。我が宿命のライバルよ。
貴様は、一つだけ誤解している。
確かに、世界をフルーツで支配することを企んだのは、私だ。
そして、その私を倒すために貴様たちがフルーツの精霊に選ばれたのも、事実だ。
けれど、何かが違う。
何かが、奇妙に狂っている。
――本当は、貴様も気がついているのではないのか?
気づいていながら、気がつかないフリをしているだけではないのか?
……この戦いが、本当は誰かに仕掛けられた、壮大なゲームにすぎないというコトを。
……すべての黒幕が、実は他にいるのではないかというコトを――」
言って、ドラゴンフルーツ将軍は血まみれの手で、ドリアン・レッドを指差した。
「……ど、どういうコトだ、ドラゴンフルーツ将軍っ!?」
「――私たちは、ただの駒にすぎないのだよっ、ドリアン・レッドっ!!
無数にあふれるフルーツの中から、気紛れに選び抜かれた、ただの一つの駒にすぎんっ!
『ヤツ』の真の目的は、ただ一つ……。
そう……ただ、一つ。
その目的を叶えるためだけに、私たちは滑稽なダンスを踊らされたにすぎないのだっ!!」
……ハハハハ。
ハァッハッハッハッハッハッ。
夕闇に、ドラゴンフルーツ将軍の哄笑が響き渡る。
「ふっ……そういう私も、世界征服という美味に魅せられた、愚かなフルーツだったがな。
ようやく――死を前にした今だからこそ、ようやく私は理解したっ!
すべてが、『ヤツ』の計画にすぎなかったというコトを――!!」
ドリアン・レッドは混乱する。
ドリアン・レッドは困惑する。
ドラゴンフルーツ将軍の言葉が、まるで理解できない。
ドリアン・レッドに取って、世界征服を企むドラゴンフルーツ将軍を倒すことだけが目的だった。
……世界を救う。
なんて蟲惑に満ちた魅力的な言葉。
……悪を倒す。
なんて単純でわかりやすい図式。
正義の味方として、盲目に信じてきた戦い。
世界を救うためと、そう信じてきたからこそ、今まで戦い抜くコトができた。
大切な仲間を失い、ついでに遅刻早退の果てに職まで失い、ご近所からの冷たい視線に耐えるコトができたのも、悪を倒し世界を救う――その目的があったからである。
ドリアン・レッドが無条件に信じてきた『何か』が、根源から壊れようとしている。
……それは、正義という、心酔できる甘美なる『何か』。
……それは、愛という、心地よく裏切りのない『何か』。
ドラゴンフルーツ将軍の非情なる声が、茫然自失となったドリアン・レッドを貫く。
「――そう、『ヤツ』の正体こそ、ドリアン・レッド!
貴様がもっとも愛するマンゴスチン・ピンク、その人なのだっ――!!」
「ウ、ウソだ……」
長い沈黙の末、ドリアン・レッドの口から洩れたのはその言葉だった。
「ウソだウソだウソだウソだウソに決まっているウソに違いないこのウソつきがっ!!
黙れっ、ドラゴンフルーツ将軍!
このオレをだまそうなど、百年早いぜっ!!」
「ふっ……何をそんなにムキになって否定するのだ?
――本当は、わかっているのだろう。
――本当は、信じたくないのだろう。
頭の悪い貴様のコトだ、すべてを理解するには時間がかかることだろう。
しかし、私が告げる言葉が真実であるコトを、貴様の戦士としての直感は理解しているハズだっ!!」
ずどーんっ。
激しい衝撃に、目の前が真っ白になる。
……そうだ。
その通りだ。
確かに、ドリアン・レッドは頭が悪い。
この間も、「飛行機って、頑張って走ったら追い抜けるかな?」と真顔で尋ねていたほど、頭が弱い。
しかし、だからこそ、まさしく動物的直感を持って幾多の戦いをくぐり抜けてきた。
その直感が、叫んでいる。
ドラゴンフルーツ将軍は、真実を告げている、と――!!
「ま、まさか……」
ドリアン・レッドは、自らの隣に佇むマンゴスチン・ピンクを見つめた。
二人のやり取りを黙って見守っていた彼女の表情は強張り、突然の展開に戸惑っている。
「――そうだろう、マンゴスチン・ピンク!
フルーツ界の頂点に君臨するコトが、貴様の真の目的!
貴様こそが、すべてのゲームの首謀者なのだっ!!」
血を吐きながら糾弾するドラゴン・フルーツ将軍。
その言葉に、マンゴスチン・ピンクは答えるコトができない。
ドラゴンフルーツ将軍の声と迫力に、顔を伏せ、俯いたままである。
その姿は、まるで泣いているように見えた。
謂れなき非難に、身体を震わせる可憐な美女……。
「――ピンク……」
ドリアン・レッドが思わず手を差し伸べようとした、その瞬間。
「くっくっくっくっ……くっくっくっ……」
マンゴスチン・ピンクの口許から、低く確かな嘲笑があふれた。
「――ピンク!?」
「ほーっほっほっほっ、さすがはドラゴンフルーツ将軍!
あたしがフルーツ戦隊の最大の宿敵として設定しただけのコトはあるわねっ!!」
マンゴスチン・ピンクは泣いていたのではなかった。
思わず零れそうになる哄笑を、懸命に堪えていたにすぎない。
しかしっ、今っ!
マンゴスチン・ピンクはそれまでの偽りの仮面を脱ぎ捨て、両手をしっかりと腰に当てた恰好で、高笑いしながら
「どこぞの頭の悪い男と違って、あたしの姦計に気がついたのは見事だわっ!!
けれど、気がついたからと言って、アナタに何ができるのかしら?
そのボロボロの身体で、今すぐにでも死のうとするその命で?」
蔑むように、ドラゴンフルーツ将軍を見下す。
「ふっ……自分のコトは、自分が一番よくわかっているさ。
――オレは、もうじき死ぬ。
正義という偽りの仮面を被った貴様たちの手によって、葬りさられる。
だが……だがな、ただ死ぬだけでは、恰好がつかないのだよ……」
最後の力を振り絞り、ドラゴンフルーツ将軍は立ち上がる。
「――何より、この私が他人の手によって踊らされたまま死ぬなんて、私のプライドが許さんのだっ!!」
くわっ。
目を見開き、両手を広げ、天に届けとばかりに絶叫する。
「ならば、そのくだらないプライドと共に、今すぐ死ぬがいいっ!!
あたしの手の中で踊らされたまま、無様な死を迎えるがいいわっ!」
茫然と見つめるドリアン・レッドの隣で、目映い光があふれ出す。
放電する空気。
騒然する身体。
「――マンゴスチン・ライトニング・フラッシュ!!」
マンゴスチン・ピンクの手から凶悪な死の閃光が放される。
「ぐわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
「ドラゴンフルーツ将軍っ!!」
光が消え去った後、そこに尊大にして悪の美学を貫き通した大将軍の姿はなく、ただヒトの形をした黒炭が残るだけであった。
……あっけなく。
あまりにもあっけなく、最大の宿敵は逝ってしまった。
幾度もの死闘を演じ、激しく憎しみあったハズなのに、ドリアン・レッドの胸に去来したモノは悲哀にも似た虚無感だった。
――ひどく。
ひどく、後味が悪い……。
「……ドラゴン……フルーツ……将……軍……」
「ほーっほっほっ、どこまでも愚かね、ドリアン・レッド!
つい先ほどまで必死になって倒そうとしていた敵に同情するなんて。
ドラゴンフルーツ将軍に比べれば、あまりにも頭が悪く、ついでに言えば顔も悪い!」
空間を満たす、癇に障る哄笑。
ドリアン・レッドは、最愛の女性を凝視する。
――美しく、聡明な容貌。
――朗らかで暖かな微笑。
何も、変わらない。
何一つ変わらない。
なのに、見慣れたハズの恋人は、まるで別人の顔でドリアン・レッドを見つめていた。
「……どうして……?」
辛うじて、それだけの言葉を紡ぎ出す。
「どうして?」
ドリアン・レッドの言葉に、マンゴスチン・ピンクは心底落胆した表情で告げる。
「あなた、ドラゴンフルーツ将軍の話を聞いていなかったの?
それとも、本当の馬鹿で理解ができないのかしら?
ふふ……バレてしまっては、仕方がないわね。
――そう、あたしこそが、この壮大なフルーツ戦争の真の黒幕なのよっ!!」
ほーっほっほっほっ。
言って、高らかに笑う。
「……はぁ」
「ちょっとっ、もう少し驚きなさいよっ!
付き合いでいいから、もっと大袈裟にリアクションなさいっ!!」
「いや、ちょっと引いてしまって……」
「引くなっ、むしろ前に出ろっ!!」
「な……ならばっ」
気を取り直し、ドリアン・レッドは行動した。
ずさささ。
隣に立つマンゴスチン・ピンクの傍から勢いよく離れ、一定の距離を保って相対する。
真正面から見詰め合う二人。
ドリアン・レッドはマンゴスチン・ピンクをビシッと指差すと
「――なぜだっ! なぜそんなコトを企んだんだっ、小早川っ!?」
「本名で呼ぶなっ、この痴れモノがぁっ!」
声と共に、大人の頭ほどの石が投げつけられる。
「やりなおしっ!!」
「いや……つーか、こんなの当たったら普通死ぬぞっ」
「馬鹿は滅多なコトでは死なないから大丈夫!」
断言する。
「ともかくっ、やり直しなさいっ!!」
「は、はぁ……」
いくら馬鹿でも、死ぬ時は死ぬよな~。
っていうか、どいつもこいつもオレのコト馬鹿扱いしすぎなんだよ。
ブツブツと口の中で文句を洩らすが、その言葉はマンゴスチン・ピンクの一睨みによって完全に封じられた。
気まずい沈黙の後、ドリアン・レッドは叫ぶ。
「と……ともかくっ」
無意味にポーズを決めてみる。
「――なぜだっ、マンゴスチン・ピンクっ!
フルーツの女王と呼ばれるマンゴスチンの精霊を宿したオマエが、なぜこんなコトをっ!!」
「ふふふふふふふ……」
ドリアン・レッドの糾弾に、マンゴスチン・ピンクは不敵に笑った。
「そう――あたしは、マンゴスチン。
フルーツの女王と呼ばれる、フルーツ界の偉大なる王族。
しかし、その称号に対して、あたしの知名度はどうかしら?
フルーツ界のエリートとして、あたしはどれだけ有名なのかしら……?」
まさに女王の名に相応しい美しい顔に、暗い翳がよぎる。
「アナタは、一体どんなフルーツなの?」
「ん? 今更何を言っているんだ?」
質問の意図がわからず、混乱するドリアン・レッド。
「いいから――答えてちょうだい」
「……ドリアン、だけど……?」
「その――称号は?」
「フルーツの……王様……」
その言葉に、マンゴスチン・ピンクはニヤリと微笑んだ。
背筋が寒くなるような、凄絶な笑み。
それが、すべてを物語っていた。
――はっ。
「ま、まさか……」
ようやく。
ようやく、すべてが繋がった。
「もしかして、ピンク。オマエの真の目的は……」
「そう――」
彼女の口許に、深い笑みが広がっていく。
その瞳はまっすぐに、しかし何も映してはいない。
「あたしの本当の目的は、あなたただ一人。
ドラゴンフルーツ将軍も、力尽き倒れて行った仲間たちも、ただの捨て駒にすぎない。
あたしの目的を果たすための、ね……」
ただ理由をあげるといるならば、美味しい、新しいフルーツとして名前が知れ渡っているという嫉妬があったのかもしれない。
ドラゴンフルーツ。
パッションフルーツ。
ライチ。
グァバ。
昨今、注目を集めるフルーツという共通点。
そして、マンゴスチンの目的とは――
「……フルーツ界に、王者は一人だけでいい」
告げるマンゴスチン・ピンクの全身から、見えない殺気が立ち込めていく。
「――フルーツの暗黒面に取り込まれたのか……」
ポツリ、とドリアン・レッドが呟く。
彼らフルーツ戦隊は、本来フルーツの精霊を憑依させるコトで変身し、その力を操る一種の巫覡(シャーマン)である。
フルーツの精霊と一つになるコトで、常軌を逸した能力を得る反面、宿すフルーツの想いに影響されるコトは少なくなかった。
フルーツ変身を繰り返すうちに、マンゴスチン・ピンクの本来の人格は歪められ変貌し、マンゴスチンが抱く妄執に衝き動かされる、一種の傀儡となってしまっていたのだ。
(――し、師匠の危惧していたコトは、このコトだったのかっ!?)
常に傍にいながら、そのコトに気づかなかった己に歯噛みする。
マンゴスチン・ピンクは、本心から正義のために戦っていたに違いない。
しかし、妄執に取り憑かれた彼女は、いつしかすべてを巻き込む壮大なゲームマスターとなってしまっていた。
それが、いつからなのか。
どこまでが自分の意思で、どこまでがフルーツの意思なのか、今の彼女には判別することさえできないだろう。
もしかすると、世界征服を目論んだドラゴンフルーツ将軍もまた、同じようにフルーツの暗黒面に取り込まれた一人なのかもしれなかった。
……混濁した意識を戻すコトは不可能に近い。
例えるなら、完全に混ざり切った二色の絵具を、再び元に戻すことが不可能なように。
……混濁した意識を戻すことは絶望的である。
(――ど、どうすればっ!?)
困惑するドリアン・レッドをよそに、マンゴスチン・ピンクは高らかに叫ぶ。
「――勝負よっ!!」
※ ※ ※
「ほーほっほっほっほっ、アナタの力はその程度なのっ!!」
容赦のない攻撃を、辛うじて避けながら、ドリアン・レッドは苦悩していた。
……いつから、彼女はオレを倒そうと思ったのか。
オレたちは、最愛のパートナーではなかったのか。
この激闘を勝ち抜き、ドラゴンフルーツ将軍の野望を打ち砕いたその時には、プロポーズしようと、ひそかに心に決めていたというのに……。
明るい未来が、二人の前には待っているハズだった。
――無条件に信じていた未来が、今はまるで見えない。
何が、おかしい。
何かの歯車が狂っている。
掛け違えたボタンは、最後まで違えたままなのか。
……答えは、出ない。
「隙ありっ――!!」
右腕に走る痛み。
……幸せそうな、彼女の笑顔が遠ざかっていく。
「どうして反撃しないのかしらっ!?」
左の脇腹を、マンゴスチン・ピンクの鋭い蹴りが掠めた。
ただそれだけで、傷が生まれる。
ドリアン・レッドが持つケダモノじみた反射神経を持ってすれば、完全に防ぎ切ることは容易いだろう。
だが、動揺がドリアン・レッドの本来の動きを封じている。
それすら、マンゴスチン・ピンクの計算なのかもしれない。
――切り刻まれていく身体。
痛みなど、まるで感じない。
心が麻痺して、それどころではない。
……暖かな、彼女の肌の温もりを覚えている。
手を伸ばせばすぐそこにいて、求めれば抱きしめられる距離にいるというのに……。
――もう、あの日に戻るコトはできないのか。
ドリアン・レッドの中で、過去が決別されようとしている。
……つい先日までの、眩しい日々が思い出される。
(きゃーっ、手が滑っちゃったぁ)
(はっはっはっ、ヒトが入浴してるのに、スイッチの入ったドライヤーを投げ込むんじゃないぞ♪)
(きゃー、スパイスと間違えて料理に○○入れちゃったぁ)
(はっはっはっ、あぶないネタだからあえて伏字にするけど、普通○○食べたら死んじゃうぞ♪)
(きゃー、思わず衝動的にやっちゃったぁ)
(はっはっはっ、つーかいきなり包丁振り回すのは、ヒトとしてどうかと思うぞ♪)
――眩しい、過去……。
「おりゃー、さっさとくたばれぇっ!」
マンゴスチン・ピンクの、躊躇など微塵も感じられない攻撃を、勘だけで紙一重にかわす。
「ほーっほっほっほ、虫ケラのように抵抗もできず無様に死ぬがいいわっ!!」
……苦しい、現実――。
「なんか……涙で前が見えないなぁ……」
ドリアン・レッドは孤独に囁いた。
と、いうか何と言うか。
(――あンのヤロー、その頃からオレを殺そうとしてやがったのかっ!!)
今更気がつく方にも、問題はあるだろう。
むかむかむかむかむか。
ドリアン・レッドの中で、ようやく『何か』が完全な決別を迎えた。
それは、愛と呼べるモノだったのかもしれない。
「……さらばっ、愛しき日々よっ!!」
涙声で叫ぶ。
「とぅおっ!!」
マンゴスチン・ピンクの放った拳をかわし様に、カウンターの要領で蹴りを放つ。
それは、寸分の狂いもなくマンゴスチン・ピンクの胸元へと吸い込まれた。
鈍い音が、周囲に響き渡る。
「さ……さすがはドリアン・レッド。
馬鹿だけど最高の格闘センスを持つと言われるだけはあるわ…!!」
「馬鹿だけどっていうのは、余計だっつーの」
達観したように落ちついた声で呟くドリアン・レッドの姿を見て、今度はマンゴスチン・ピンクの動きが止まった。
「――どういうつもり?」
マンゴスチン・ピンクが驚くのも無理はなかった。
そこには、フルーツとのフュージョンを解いたドリアン・レッドの姿があったからだ。
両手には、一対のドリアンが握られている。
ドリアン二刀流――
その構えに、一分の隙もない。
「……殺される覚悟ができたってワケではなさそうね?」
「クミコ――」
ドリアン・レッドはあえてマンゴスチン・ピンクではなく、彼女の本名で呼んだ。
「もう、オマエが元に戻るコトはできないんだな……」
その言葉に、怪訝そうに眉をしかめ
「……どういう意味かしら?
あたしはあたしよ。
――混ざりモノなし、100%ジュースの私。
あたしはあたしの意思でフルーツ界の王者として君臨しようとしているのよ」
「そうか……100%ジュースか……」
想像していた通りの言葉に、ドリアン・レッドは深いため息を洩らした。
――わかっていた。
もう、彼女が元の人格に戻ることがないコトくらい。
フルーツの暗黒面に取り込まれたモノが、二度と元に戻るコトがないことくらい。
……わかっていた。
ただ、それでも信じたかったのだ。
(――奇跡って……ヤツを、さ……)
その目に、一筋の涙がこぼれ落ちる。
次の瞬間、ドリアン・レッドのマンゴスチン・ピンクを見つめる瞳には、決意の炎が燃えていた。
高らかに、叫ぶ。
「なら――せめて、オレの手でオマエの野望を打ち砕こうっ!
ただしっ、フルーツの王様ドリアン・レッドではなく、人間・一条タカシとして、オレがオマエを必ず倒すっ!!」
手にしたドリアンを向け、ドリアン・レッド……いや、一条タカシは不敵に笑った。
「それが……オマエを愛したオレにできる、最後の仕返しだから――」
「ちょっと、仕返しって何よっ。
役目だとか愛だとか、ちゃんとした言葉があるでしょうっ!」
「ええい、思い返せば、オマエには随分とひどい目に逢わされてきたんだっ。
オレはオマエの作った食事で、何度死に掛けたことか……忘れたとは言わさんっ!!」
「……そんなコトあったっけ?」
「あったんだよっ!
本当に完全に忘れてんじゃねぇよ、この味音痴っ」
「なんですって!? いつも美味しい美味しいって言って食べてたじゃないっ、犬みたいガツガツとっ! 手も使わずにっ!!」
「陰で泣いてたんだよ、オレはっ!!
っていうか、頼むからせめて味見くらいはして下さい」
ギスギスギスギス。
しばらく無言で睨みあう二人。
沈黙を破ったのは、マンゴスチン・ピンクだった。
口許を邪悪に歪めると
「――ふふっ……どうせ死ぬ人間の、最後の遠吠えと思って聞き流してあげるわ。
フルーツとフュージョンしていないアナタなど、所詮あたしの敵ではない。
フルーツの女王――いえ、フルーツの真の王者であるマンゴスチンの戦闘力の前に、アナタは手も足も出ずに死んでしまうのよっ!!」
「……それは違うな」
意外にも、タカシの口許には笑みが浮かんでいた。
勝利を確証した、戦士の微笑――。
「フルーツではない、人間として戦うからこそ、オレはオマエには絶対に負けないっ。
所詮、フルーツの暗黒面に支配されてしまったオマエにはわからないかもしれないがな……」
「馬鹿馬鹿しいっ!!」
タカシの言葉を、マンゴスチン・ピンクは一笑に付した。
「――ならば、見事あたしの攻撃を受け切ってから笑いなさいっ!!」
重ね合わせたマンゴスチン・ピンクの手から、眩しい光があふれ出す。
放電する空気。
騒然する身体。
それは、あのドラゴンフルーツ将軍を焼き尽くした、マンゴスチン・ピンク最大の必殺技――!!
「さようならドリアン・レッド。王座を譲ってくれて、ありがとう……」
ほーほっほっほっほっほっ。
邪悪な哄笑が、周囲の空間を揺り動かす。
「――マンゴスチン・ライトニング・フラッシュ!!」
※ ※ ※
一条タカシは勝った。
完膚なきまでの、完璧な勝利である。
「……ど、どう……して……」
タカシの足許には、鮮血にまみれたマンゴスチン・ピンクの無残な姿が転がっている。
その命は、まさに今にも尽きようとしていた。
タカシは、ドラゴンフルーツ将軍を真似るように、ニヤリと口許を歪めると
「ふっ。だから、最初に言ったハズだぜ――」
「わ……わからない……。
あたしの必殺技は完璧だったハズ。
弱っていたからとはいえ、あのドラゴンフルーツ将軍ですら一撃で葬り去ったというのに……!!」
「――それは、ドラゴンフルーツ将軍がフルーツだったからさ」
きっぱりとした口調で、タカシは告げる。
「……フルーツの怨念に踊らされているオマエは、疑おうとも思わなかっただろう。
ならば、このオレがはっきりと教えてやろうっ!
オレたちフルーツ戦隊の必殺技は、実はフルーツ相手にしか通用しないのだっ!!」
「ま……まさかっ……!?」
ががーんっ。
衝撃の真実に、マンゴスチン・ピンクは開いた口が塞がらなかった。
「なっ、なぜっ……!?」
「そんなコトは、オレにもわからんっ!!」
マンゴスチン・ピンクの疑問に、タカシは思い切り胸を張って答えた。
「ただ、以前オレがちょっと間違って一般人を攻撃してしまった時、まるで意味がなかったコトがあったのだっ!!
……その一般人は、オレのコトをなぜか不憫そうな目で見つめていたが、まあ、そんなコトはどうでもいいっ。
その経験が、オレに勝利をもたらしたのだ。
――オマエはオレを馬鹿だ馬鹿だと言っていたが、オレだって少しは学習するのだっ!!」
「そんな……タカシに学習能力があったなんて……」
「驚くのはそっちかいっ!!
ともかく、オマエの必殺技は、人間であるオレには一切通用しないっ。
さすがのオマエのマンゴスチン・ライトニング・フラッシュも、『なんか眩しい気がするな~』って程度だったぜっ!!」
わははははははははは。
勝ち誇ったように、タカシが言う。
「何より、オマエは肝心なコトを忘れてしまっていた!」
「そ……それはっ!?」
「――フルーツは、所詮人間に喰われるモノ。
フルーツが人間を喰ったなんて話は、オレは一度も聞いたコトがない。
つまりっ、どれだけフルーツが足掻こうとも、人間様に勝てるハズがないのだっ!!」
どどーんっ!
屈辱にも似た衝撃が、マンゴスチン・ピンクの心中で荒れ狂う。
「……まさか……まさか、すべてがアナタの計算だったっとでも言うの……。
もしかして……ずっと馬鹿なフリを演じていたとでもいうのっ……!?」
ニヤリ。
マンゴスチン・ピンクの悲痛な叫びに、タカシは肯定するかのように、ただ口許を歪めるのみ。
そんなハズはない。
タカシは、筋金入りの馬鹿である。
店で出されたアツアツの石焼ビビンバの器を、笑顔のまま素手で?むことなど、彼に取って当たり前の日常にすぎない。
……ただ、彼は知っていただけだ。
フルーツ戦隊の必殺技の弱点――
何より、ドリアン使いとして、ドリアンの真の恐ろしさを、タカシは誰よりも知っていた。
ドリアンの真の恐怖は、棘のある外観でも、独特の臭いでもない。
ドリアンの真の破壊力――それは、その固さにあったのだ。
ドリアンの本場である南国インドネシアでは、熟したドリアンが頭上から落ちてきて激突、亡くなるという事故が毎年のように起こっている(実話)。
「……野良パンダみたいなモンさ――」
呟くように、小声でタカシは独白する。
熊である野生のパンダもまた、その雑食性ゆえに、しばしば人間を襲うという。
……タカシは、ただ経験から知っていただけだ。
ドリアンの固さと、破壊力――
ドリアンで殴打される激痛――
タカシの長い前髪で隠された額の傷が、それを知っていた。
「……認めない。あたしは、認めないっ!
この壮大な戦いを計画したあたしより、アナタの方が優れていただなんて。
フルーツの女王であるマンゴスチンの戦闘力が、ドリアンの戦闘力に及ばないなんて。
――あたしは絶対に認めないっ!!」
狂ったように泣き叫ぶマンゴスチン・ピンクに向かって、タカシはむしろ優しく微笑むと
「……素直に負けを認めるんだな。
流れ出るオマエの血が、勝敗を告げている。
流れ出るオマエの命が、敗北を告げている。
どう足掻いても、オマエに勝利の女神は微笑まない。
そもそも――」
そこで、タカシは心底不思議そうに首を傾げると
「――マンゴスチンの戦闘力って、なんだよ?」
「そ……それは――」
愕然となる。
……わからない。
わかるハズがない。
ならば。
ならば、この勝負は――
――初めから、勝てるハズがなかったのだ……。
フルーツの妄執に侵されていたマンゴスチン・ピンクの目から、狂気の色が消えた。
唇に広がる、暖かな微笑。
タカシが見知った、過去の情景。
「――あたしの……負けね……」
がくり。
張り詰めていたモノがなくなったせいだろう、マンゴスチン・ピンクの身体を支えていた力が、一気に抜け落ちる。
彼女は、致命傷を負っているのだ。
本来なら口を利くことはおろか、ここまで命が永らえただけでも奇跡である。
そう……奇跡は、あったのだ――。
「クミコっ……」
タカシは手に持っていた血まみれのドリアンを放り投げると、息絶えようとする、かつての恋人を抱きかかえた。
こんなにも――こんなにも小さな身体だったのか……。
初めて感じる感覚に、鈍い衝撃が走る。
抱きしめたところで、タカシは何を告げればいいのかわからなかった。
彼女を傷つけたのは、他ならぬ自分なのだ。
「――クミコ……オレは……オレは……」
「……うふふ、もう何も言わないで……」
柔らかな笑み。
弱々しく浮かべられた微笑みは、儚く淡い輝きを放っている。
「……アナタは、何も間違ったコトはしていない。
……あたしは、ただフルーツ界の王者になりたかった。
マンゴスチンというフルーツの女王の名をもっと知らしめ……ついでに本気で世界を征服をしたかっただけ……」
だから、アナタは何も悪くないの。
……悪いのは、あたしなのかしら。
まあ、倒されちゃったから仕方がないかなぁ。
そんなのんきなコトを、マンゴスチン・ピンクは無邪気に微笑みながら呟いた。
「……ねぇ……最後に……ヒトツ……だけ……本当のコトを……言わせ……て……」
「な、なんだっ!?」
「……あたし……人間である……一条タカシの……コトは……最後まで『なんだかな~』って……思ってた……けど……フルーツの……王様……としての……ドリアンのコトは……心から……」
――あ・い・し・て・た。
穏やな笑みを浮かべ、彼女は静かに目を閉じた。
ゆっくりと、彼女の身体から力が抜けていく。
儚く淡いヒトツの命が、永遠に失われていく。
最愛の人は、最悪の裏切りの果てに、真実の愛を告白して死んだのだ。
あまりにも――
あまりにも突然で唐突すぎる別れ。
タカシの目に、大粒の涙があふれ出す。
湧き起こる感情を、タカシはもうとどめるコトができない。
「ク、クミコ……いや――」
タカシは、冷たくなっていくクミコの身体を力強く抱きしめると、あらん限りの声で叫んだ。
「マンゴスチ――――――――――――ッン!!」
※ ※ ※
一条タカシの活躍で、世界の危機はひとまず去った。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
愛する人の裏切り、告白、そして別れ……。
――マンゴスチン・ピンク。
フルーツの王者という淡い夢は破れ、儚い命は二度と戻ってくるコトはない。
彼女もまた、ある意味では偉大なる戦士だった。
マンゴスチン・ピンクの魂よ、とりあえず永遠なれっ!
真っ赤に燃える夕日を背に、一条タカシは彼女の亡骸を抱えて思う。
(……殺人は、ワリに合わねぇ――)
一条タカシは勝った。
しかし、法には触れたっ!!
彼には、これから辛く長い逃亡生活が待っている。
――負けるなっ、一条タカシ!
――警察には気をつけろっ、一条タカシ!!
みんながキミを待っているっ!?
次回、急激の新展開。
「れじぇんど!竜虎激突篇・美人女将に気をつけろ」で、また逢おうっ!
( THE END )