CROSS to YOU. » fruit » 葡萄

不完全最密充填

――果実の上で指を滑らせ 描く円弧を目で追った

葡萄の実はまるで僕の恋のようだと思えた。

――似ているように見えはするけど じっくり見れば違ってる

一番最初に付き合った秋子という女性がすごく好きだった。
変わっている人だったということを今でもよく覚えている。
彼女は自動改札機に「お疲れ様」と声をかける子だった。
横断歩道を渡る時に手を挙げるような子だった。
何を考えているのかよくわからないところが魅力になっていた。

――紫色に艶めく球が 僕の心を惹きつける

「顔も性格も好みだけど果物の好き嫌いが合わないから」
10ヵ月ほど付き合った頃、僕は突然秋子にそう告げられフられた。
全く意味がわからなかったけれど
何を言っても話の通じる相手ではないとわかっていたので
僕は引き下がることしかできなかった。
その夜は秋子のことを想い、そして泣いた。

――熟れた果実を伝う水滴 その輝きを引き立てて

次に付き合った春香という子は秋子とは正反対で
とても素直で真っ当な子だった。
あんな訳のわからないフられ方は二度とごめんだ、
そう思っていた僕が彼女の告白にOKの返事をしたのだ。
引き換えに僕は春香に『秋子であること』を押しつけた。
自分でも呆れた矛盾だということは理解していた。
真っ当だから付き合う相手に変であってほしいと願ったのだから。
それでも彼女は嫌な顔一つせずに僕の言うことを聞いた。

――種がなければ育たないけど 僕にとっては邪魔なだけ

春香とは1ヵ月も経たないうちに駄目になってしまった。
彼女は春香であって、秋子ではなかったから。
「だって春香って葡萄が好きなんでしょ? 僕とは合わないよ」
その意味がよくわからないような一言で別れを告げた。

――僕の果実と君の果実は 色が全く違ってる

それから同じように何人かの人と付き合ってみたけれど、
片っ端から秋子よりずっとまともな人ばかりで、
僕はいつも変わり者であるように求めてしまって、
一度たりとも長続きしたためしがなかった。

――冷えてしまえば好きでいられず 熱くなったら腐りゆく

僕はいつも最初の恋と同じ形の恋を求めていた。
葡萄の果実はパッと見てみんな同じように見えるけれど
本当はただ1つとして同じものはなかった。
いくつもの恋を積み上げていくほどに
少し歪んだ球形の果実の間には隙間が増えていった。
だから僕はますます葡萄のことを考えてしまって、
考えた分だけ秋子の言葉が突き刺さっていく。

――結局そこに残ったものは ただしなびてる皮だけで

変わり者なのに隙のない秋子は
隙間だらけの葡萄とは縁遠い存在のようで、
だから僕は葡萄を好きになる必要がないと思っていた。
でも本当はそうじゃなかった。
きっと僕が葡萄を好きじゃなかったから、
ただ見えていなかっただけ。
もしももう一度彼女に出会えるのなら。
そう思って今日もまた言葉を紡ぐ。

――君の心に隙間があれば ぜひその場所をこの僕に

World With Words / Tomo